冲方丁、“ライトノベル引退”の「シュピーゲル」シリーズ最新巻『テスタメントシュピーゲル2』 6年待った本書を読む

2015.06.23

テスタメントシュピーゲル2上巻(冲方丁/角川スニーカー文庫)

 2015年5月1日、および同年6月1日と連続で、『テスタメントシュピーゲル』待望の続刊、『テスタメントシュピーゲル2』上・下(冲方丁/角川スニーカー文庫)が発刊された。実に6年ぶりの続編である。

 冲方丁といえば、弱冠19歳にして角川スニーカー文庫大賞金賞を受賞し、二十代のうちに『マルドゥック・スクランブル』(早川書房)で日本SF大賞を受賞した奇才。2009年の『天地明察』を皮切りに、歴史小説のフィールドにおいてもその名を轟かせた。小説だけでなく、アニメやゲームの脚本・構成に関わるなどとにかくその活躍の幅は広い。現在公開中の映画『攻殻機動隊 新劇場版』でも脚本を担当している。

『テスタメントシュピーゲル』は、角川スニーカー文庫で刊行されていた『オイレンシュピーゲル』シリーズ全4巻、富士見ファンタジア文庫で平行して刊行されていた『スプライトシュピーゲル』全4巻の2シリーズ両方にとっての続編。二つの物語の“合流”先だ。

 冲方氏はこの『テスタメントシュピーゲル』シリーズをもってライトノベルの執筆は引退すると宣言しており、ファンとしては残念であるものの、「その分すごい作品を見せてくれるのでは」という期待は高かった。まだ完結はしていないが、2巻を読んだ現時点での私感は「引き続き期待してよし」だ。むちゃくちゃ面白い。たくさんの場面で興奮し、涙ぐんだ。シリーズ自体を読んでいないという人には「まだ間に合うから、『オイレン』『スプライト』どっちからでもいいから早く読んで!」とお伝えしたい。

 シリーズのことを知らない方のために(あと、続きを待っている間に内容を忘れてしまった方のために)、少しだけ概要を説明しよう。この物語の構成要素をうんと簡略化して伝えるなら「機械化された少女たちが戦う近未来SF」。舞台は、西暦2016年の国連管理都市ミリオポリス(元ウィーン)だ。この世界では、少子高齢化や犯罪・テロ事件の増加を受けて、少年少女のサイボーグ化が認められている。

『オイレンシュピーゲル』側の主人公は、そんなミリオポリスの警察組織MPB遊撃小隊〈猋(ケルベルス)〉として活躍する三人の少女。真っ先に敵を蹴散らす短気な突撃手・涼月(スズツキ)、クールでナイスバディな狙撃手・陽炎(カゲロウ)、歌って踊れる天然の遊撃手・夕霧(ユウギリ)。

『スプライトシュピーゲル』側の主人公もやはり少女の三人組だが、こちらは公安組織MSS要撃小隊〈炎の妖精(フォイエルスプライト)〉の三人。全員が、昆虫の羽をモデルとした飛行用の羽を持つ。巨乳で勝ち気な要撃手・鳳(アゲハ)、反抗的で口の悪い迫撃手・乙(ツバメ)、電波でボクっ娘な爆撃手・雛(ヒビナ)。

〈特甲児童〉と呼ばれる彼女たちは皆、さざまな事情で家族と健康な体を失い、機械化手術を施された過去を持っている。拭い去れない痛みに満ちた記憶、「普通」の人々や暮らしへの羨望、大人たちへの疑惑などを抱えながら、彼女達は仲間とともに戦い、凶悪犯と殺し合いを繰り広げ、でも時にはデートだってする。

 この六人の過去は、『テスタメントシュピーゲル』シリーズで繰り広げられる大事件と密接に関係している――のだが、この「大事件」について説明するのは難しい。ミリオポリスにAP爆弾テロがしかけられる。遊覧船の爆破事件が起きる。特甲猟兵が攻撃を仕掛けてくる。いろんな事件の陰に宿敵プリンチップ社の動きが見える。一見ただ、いろんな場所でいろんなことが起きているだけだが、実はすべてが相互に影響を与え合い、不気味な陰謀の輪郭を作り上げている。すべてを見通せる目で俯瞰したらその様子はまるで万華鏡のように見えるだろう。

 前巻では、テロ事件に始まる混乱状態の中、主にMPB側の面子の過去に隠された真実がいくらか明らかになった。戦いの果てに、二度と目覚めないであろう状態に陥った者もいた。ラストシーン、絶望する涼月の前に現れた“MSS側”の某少年の言葉に、一体“そっち”で何が起きていたのか、と気になっていた読者は多いはず。今回の『テスタメントシュピーゲル2』はもちろん、その疑問にばっちり答えてくれる。前巻の時間軸をほぼそのままMSS側から追っているため、色んな場面で「ああ、あれって実はこうなっていたのか」と驚かされた。

 今回は、主要メンバーの一人が“敵”と密接に通じ合う展開があるため、“敵”サイドの情報も大分開示される。さらに、少女たちのサポーターとしてこれまで一歩引いた位置で活躍していた少年たち――冬真、水無月、吹雪の三人の奮闘が多く描かれているのも嬉しい。特に冬真は今作で、もしかしたら“万華鏡”の中心をぶち抜くかもしれない大変な発見をする。〈特甲児童〉たちを救うかもしれない未完成の理論、〈ガラテア・コンプレックス〉解明への手がかりをつかむのだ。彼のその偉業はもちろん、鳳への一途な想いがもたらしたもの。〈特甲児童〉としての強さの代償である記憶の喪失――どんどん冬真の記憶を失っていく鳳の姿と冬真の苦悩は切ないが、決してこのままでは終わるまい。

「ガラテア」というのはギリシャ神話に出てくる彫刻家ピュグマリオーンの妻で、元々は彼の作った彫像だった。人間としての魂を吹き込まれた元無機物のガラテア――この名が、体を機械化し、魂を運命の人質に取られた〈特甲児童〉たちとこれからどのようにリンクしていくのだろう。緻密で壮大なこの物語の収束先が一体どうなるのかまったく予想がつかないが、冬真にならって、某突撃手の力を私も信じよう。

 あ、でも次はどうか、6年も待たなくてすみますように……。

(文/小池みき)

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