『いちきゅーきゅーぺけ』「まんがの森」で美女と出会って、森山塔をきっかけにエロマンガ談義…90年代オタクを刺激!

2015.06.12

「ヤングアニマル嵐」で連載中の、甘詰留太のマンガ『いちきゅーきゅーぺけ』(共に白泉社)が話題だ。今年4月末に単行本第1巻が発売された本作は、90年代の大学オタクサークルを舞台にした甘詰の“半自伝的作品”。まだインターネットもない時代。エロマンガの新刊がろくに入ってこない本屋しかない、オタク文化と隔絶された長野の山奥から上京した主人公・中井純平に仮託して、甘詰の青春期が語られていく。

 というわけで、第1話の始まりは1994年3月。甘詰の出身校でもある早稲田大学……作中ではW大に合格した主人公の中井クンが上京するところから、物語は始まる。

 上京した中井クンがさっそく向かったのは、90年代のオタク御用達書店「まんがの森」高田馬場店。田舎ではあり得なかったエロマンガの品揃えに上京した喜びを噛みしめた彼は、「漫画ホットミルク」を手に取ろうとして、巨乳・褐色肌・眼鏡と三拍子のフェチ要素が揃った大学の先輩、桜町・クリス・真綾と運命的な出会いを果たすのだ。かくて、彼女が所属するサークル「ひねくれっ子漫画集団」の中で、中井クンは苦悩しつつもエロマンガを描き、オタクな青春を邁進していくのである。

 偶然にも、1975年生まれの筆者が岡山から上京したのも、1994年3月。作品で描かれる世界が、リアルタイムに感じた空気ゆえにページをめくるごとに、青春の楽しい思い出から、いまだに夢に見る青春期の思い出したくない出来事までもが見事に蘇ってくるのだ。なにより引っ掛かるのは、主人公が早稲田大学に入学するということ! 主人公がいくら苦悩しようとも「コイツ、勝ち組じゃないのか?」という怒りが沸々とわいてくる。それにフィクションだとはわかっていても、「まんがの森」で美女と出会って、そのまま森山塔をきっかけにエロマンガ談義に花を咲かせる中井クンが羨ましすぎるのだ!!

 いや、その後の人生経験でわかってるんだ。確かに、この頃からエロマンガ談義に話を咲かすことのできる女子はリアルに存在した。存在したけれども、ほぼ例外なく男らしい女子か、オタサーの姫の類いで、決して筆者が性的に興奮する相手ではなかった。それでも、本作を読んでいると「もしかしたら、あそこで選択肢を間違えなければ、バラ色の大学生活があったのかも……」という想いがおさえきれないのである。

 加えてこの作品、幕間に山本直樹(森山塔)や陽気婢など、当時絶大な人気を誇ったマンガ家たちの90年代懐古インタビューが掲載されて、青春を思い出す回路をさらに刺激してくれる。作中でも「森山先生って『ペンギンクラブ』で描いてましたっけ?」「新田真子はバリバリエロでしょ? 婦警さんものとか」などのセリフを通じて、当時のエロマンガ事情、ひいてはエロマンガにワクワクしていた、自分自身の姿を蘇らせてくるのである。

 でもね、やっぱり中井クンの周囲の環境がバラ色過ぎることへの嫉妬がおさえきれない。コミケにも行ったことがなくてオタクとしての知識も浅くて、劣等感に苛まれる中井クン。だけど、怖そう先輩は「マンガの描き方を教えて下さい」と頭を下げる中井クンに対して、一緒に世界堂へ行って画材を買い揃えたり手取り足取り教えてくれる。おまけに、サークルには桜町先輩のみならず、一人称が「オレ」なツンデレ(?)同級生・善光寺もいる。サークルに性欲を喚起する女子がいるっていうだけで「どういうことなんだよ!」と、怒りと敗北感、そして悲しみが沸いてくるではないか。サークルを選ぶ時に、脂粉の香りなどと縁のない人生を送ってきたブスが「姫」のごとく扱われて鼻を高くしているわ、下級生を奴隷だと思っている異様な体育会意識が蔓延してる考古学研究会を選択してしまった自分の軽薄さを今さらながら恥じて、頭を壁に叩きつけてしまった。

 ねえ、みんな筆者と同じく思っているんだろ……。上京してオタク人生が花開いたけれど、女の子には縁がなかった青春を悔やみながらさ。いったい、どこでボタンを掛け違えたのだろうかと。上京する夜汽車の中、筆者の旅行鞄の中に入っていたのは、着替えが数着と『共産党宣言』だった。きっと、その時から小市民的な幸福な未来とは違う何かへと向かう道程は始まっていたのだろう。

 でも、かまわないのだ。あの時があって、今がある。あの時、あの娘と付き合っていたら。あるいは、あのオタクサークルに入っていたら、今の人生はどうなっていたか。

 きっと、結果は変わらない。いや、くだらなく酷いものになっていただろうと思うのである。

 自らの人生と対話させてくれる類い希なこの一冊。連載の行方も気になるところである。
(文/昼間 たかし)

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