なぜ“クラウドファンディング”を選んだのか? 『この世界の片隅に』片渕須直監督ロングインタビュー【前編】

2015.05.20

アニメ映画『この世界の片隅に』を制作中の片渕須直監督。

 アニメーション監督・片渕須直による、こうの史代のマンガ作品『この世界の片隅に』(双葉社刊)のアニメーション映画化を目指すプロジェクトが進行中だ。製作資金集めの一助として、パイロット版作成のための資金集めが今年3月にクラウドファンディングで始まり、開始からわずか一週間あまりで目標額の2000万円を突破。「クラウドファンディングで国内史上最多額の資金調達を達成」というニュースは、アニメ映画とはついぞ縁のなさそうなスポーツ紙までもが報じた。

 こうのが原作を描き、片渕がアニメ化を手がけてきた『この世界の片隅に』の魅力は、ここで改めて記すまでもない。わずかな期間で2000万円もの資金を調達できたという事実が、作品と作者たちの魅力を証明している。けれども、本作の準備期間はここまでで5年近い。パイロット版を経て、本編の制作となれば、今回の10~20倍もの資金が必要となる。まだ茨の道から解き放たれたわけではない。それでも、映画を完成するための歩みは続く。

 今回、本編の完成に向け、『この世界の片隅に』の“これまで”と“これから”を聞くため、南阿佐ヶ谷のスタッフルームを訪ねた。

■最近のシネコンのシステムでは、「上映しながら認知してもらう」が出来にくい

 クラウドファンディングで得た資金によってパイロットフィルムを制作し、さらに本編の製作を目指す。この二段階の手順を踏む制作過程そのものが革新的だ。こうした方法を選択した理由として、まず片渕が語り始めたのは映画の配給と興行のシステムであった。

片渕:アニメーション映画を公開するにあたっての、お客さんへの伝わり方、広がり方が難しいですよね。アニメーションだから、映画ができたからといってパッと振り向いてもらえるわけではないことは痛感しています。出来るだけたくさんの人に振り向いてもらうことを考えていかなくてはならない。

 アニメーション、というと「子どものためのもの」という考え方がまずありますよね。でも、子どものお客の嗜好は保守的です。一見さんお断りの世界なんです。名前を知り、顔を見知ったものにだけ興味が示される。そこで日本の子ども向けアニメ映画は、タイトルを固定化することでここ何十年やってきています。『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』『ドラえもん』……どれも、ある程度プログラムピクチャー化している。「顔なじみ」を作るためです。

 ほかにも、興行的に成功している作品は、ブランドみたいになっていますよね。ジブリやピクサーだったりとか、ディズニーとかもそう。それぞれ単発ではあっても、ある種ブランドとして名を知られている。

 それ以外のところで、アニメーション映画単発で作って入っていくのは結構大変です。お客さんに、作品の存在を認知してもらうことからして、もう大変。最近では非テレビ局製作系の作品がテレビで取り上げられることもなかなか困難で、テレビを主な情報源にしている人には作品の存在自体なかなか認知されるところまでいかない。振り向いてもらうために使える手段はインターネットくらいしかない。インターネットは案外世間一般大多数向けの告知手段ではなくて、あらかじめアンテナを張って待ち受けている人に向けるので精一杯のものなんです。僕がこの前に作った『マイマイ新子と千年の魔法』なんかでも、ツイッターを通じて映画の存在を比較的マニアックな人たちに周知できたのは、上映を開始してから二週間目だったりしました。

 最近のシネコンのシステムで重視されるのは、公開の最初の日と翌日の観客動員です。二週間も経ってからだと、すでに「結果が出てしまった映画」と見なされてしまったあと。だから、「上映しながら認知してもらう」という方法は今の映画のシステムに馴染まないんですよね。

 だったら、「途中まで作った作品をお客さんに観てもらう機会を作って、ここまで出来たんだけど、続き観たくないか?」って誘って、それで「お! 観たい」という人が出たところで、続きを制作することにできないかなあ……とか思ってしまって。『マイマイ新子と千年の魔法』は完成後もあまり試写会が設けられなくて、公開日の前にもっと観てもらえてたらよかったはず、ある程度そういうことをやれば振り向いてくれる方が増えてたんじゃないのか、という思いが残った。だから、『この世界の片隅に』は、別なやり方に出来たらいいなあと思ったりもしたんです。

――ここまでの4年間、ずっとその構想で準備を進めていたのですか?

片渕:まあ、そういうのはあくまで作り手側の勝手な思いなのであって。映画のシーンをちょっとだけ作るためにちょっとだけお金を出す。そんな都合の良いお金の出てき方はないですよね。

『この世界の片隅に』については、この間に正攻法的な大口の出資の検討申し出もありました。何回もあった。原作のストーリーや、こちらで作った脚本・絵コンテを見てもらった上でのことです。けれども、「単発映画として公開時の集客ができるのか」というところで指摘があって、その都度、最終的な成立をみなかったのです。

 それが今回クラウドファンディングをやってみて、まだ映画が片鱗も存在しない段階なのに、期待してくださるお客さんがこれだけいる。そう実証できたみたいな形になった。今は通常に出資を検討してくださるスポンサーが増えてきています。

――制作の流れはともかくとして、公開の仕方も変わってくるのではありませんか?

片渕:ゆっくりと、お客さんに浸透していくやり方で上映していきたいというところは揺るがない感じがします。短期決戦で「消費」されてしまってよい原作を扱っているつもりはないですし。

『マイマイ新子と千年の魔法』を上映していた時期の後半には、いろんな一般の方が直接(『マイマイ新子と千年の魔法』がそれまでかかっていなかった)映画館にリクエストしてくれました。そうした観客の声に応えて上映してくれた小屋主さんたちともまたご一緒したいですし、「観たい」と思うお客さんの気持ちがちゃんと尊重される上映ができるといいなあ、というのがこちらの思いでもあります。

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