『一ナノ秒のリリス』新進レーベルの王道ボーイ・ミーツ・ガールなライトノベル

2015.05.09

 豪華なプレゼントや語彙をつくした褒め言葉より、本当にさりげない、ちょっとした親切のほうが強烈に心に残ることがある。それをしてくれた向こうにとっては当たり前の、日常の中のほんの一コマで、別にでっかい労力を割いたわけでもなんでもない。でもその「相手の当たり前の善き行為」に自分が触れられたこと、巻き込まれたことがとてもうれしい――。

 人生を支えるのって、めくるめくドラマのワンシーンより、案外とそういうちょっとした思い出のほうなんじゃないだろうか?

 ライトノベル『一ナノ秒のリリス』(講談社)を読んで改めてそう思った。

 本作の主人公たちは中学二年生。生まれた時から病弱で、幼くして「人はいつ死ぬかわからない」というある種の諦念を身につけてしまった少年・赤羽一希と、黒髪にスカイブルーの瞳を持つ美少女・リリスだ。

 ある夜、謎の戦闘で血の海と化したコンビニに足を踏み入れてしまった一希は、死体に囲まれ泣きじゃくっていたリリスと出会う。わけのわからないまま彼女を気遣い二人で危険な場所から逃げようと試みる一希だが、謎の追っ手によってリリスだけ連れ去られてしまう。そしてその後日、リリスは転校生“島村璃莉子(しまむらりりす)”として一希の中学校に現れる。謎めいた言動に戸惑いつつ、リリスに惹かれていく一希。出会ったときの優しさを深く胸に刻んでいたリリスもまた彼に惹かれていたが、残酷な運命が二人の間に立ちはだかっていた――。

 導入からもわかる通り、直球のボーイミーツガールもの。実はリリスは“TDS”という病気の罹患者で、それ故にある強大な特殊能力を有し、過酷な戦いの中に身を置いている。「世界の平和のために」という謳い文句の元、子どもらしい喜びや楽しみを味わうこともなく、“一ナノ秒”で終わる戦いを何百回何千回と繰り返していた。

 孤独だった彼女にとって、自分をただの泣いている女の子だと思い、心配してくれた一希は救世主のような存在だった。「このままずっと二人で逃げられたらいいね」と口に出してしまうほどに。そして、中学校で一希たちと一緒に味わう“普通の中学生”としての生活もまた、それまでに味わったことのないような甘い幸せを彼女にもたらす。皆でうさぎの世話をし、ペーパープレーンを屋上で飛ばす。このままうまくいくわけがない、と読み手側にはわかっているからこそ、その光景は切ない。

 二人の想いがどのような結実を迎えるかは是非本編で確かめていただくとして、本書のあとがきにある「素敵な思い出」という言葉は、この物語のエッセンスを的確に表現していると感じた。「素敵な思い出」は大げさなものでなくていい。世界存続の危機を2人で救った、なんてものでなくてかまわないのだ。ほんのちょっと、少しでも「素敵な思い出」があるならば、辛い人生でももう少し頑張るに値する――その繰り返しが人を前に進ませる。リリスにとって、そうであったように。

 自分語りで恐縮だけど、私にもささやかながらそういう思い出はある。生徒会長という責任あるポジションに付きながら精神面がスラム街のように荒んでいた女子高生の頃、同じ学年の女の子から電話でこう言われたのだ。

「○○君が、『今日、小池さん元気なかったけど大丈夫かな』って心配していたよ」

 私は瞬間、「あいつ、なんていい奴なんだ!」と、雷に打たれたように激しく思った。校内で彼に何かあったら生徒会長権限を悪用してでも助けるぞ(おいおい)、と思うくらい嬉しかった。結局その機会は特になかったし、好いた惚れたという感情にも至らなかったけど、明日ももうちょっと頑張ろうと思えたのは確かだ。人間って単純なもんだと思う。

 だから、リリスの「異国の優しい男の子」への愛情も少しわかる気がする。少なくとも「そんなことくらいで惚れるのかよ」なんて思わない。ずっと孤独な戦いの中に身を置いてきた女の子の目に、「怪我はない?」と声をかけてくれる男の子は、どれだけまばゆく見えたことだろう。それが、彼女にすべてをかなぐり捨てる決意をさせるほどのインパクトだったとしても驚かない。一希の一目惚れについては、あれこれ言うのも野暮だろう。本文いわく「男はいつだって、可愛い女の子の期待には全力で応えなければならないはずだ」。――そのいきや良し、といったところか。

 講談社ラノベ文庫は、2011年に創刊されたまだ比較的新しいレーベルで、王道のバトルファンタジーものから学園ものまでジャンルとしては揃ってきているが、本作のようないわゆる“セカイ系”の香りを持つ王道ボーイ・ミーツ・ガールものは少なかった。続編が出るかどうかは不明だが、TDS罹患者が所属する軍の活動についてなど、謎は多く残されており、意外な進化を遂げる世界観となる可能性も感じる。

 作者の瀬尾順は、本作がライトノベルデビュー作。これまでは、PCゲームのシナリオライターとして、美少女の登場する作品を手がけてきている。空を飛ぶペーパープレーンについての爽やかな描写などからも、“画になる”シーンへのこだわりが感じられる。得意分野と思われるボーイ・ミーツ・ガールものに留まらず、ライトノベルならではの新しい物語を今後も期待したい。
(文/小池みき)

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