今こそ読みたい富野由悠季のリハビリ日記『ターンエーの癒し』“経営者を殺すことはやめる” 

富野由悠季のリハビリ日記『ターンエーの癒し』『ターンエーの癒し』(角川春樹事務所)

「この作品は全否定したいと思っているものです。(中略)何かの間違いでこのBlu-rayで見た方は『機動戦士Vガンダム』の何がダメなのかを探してみてください(後略)」

 7月より発売される『機動戦士Vガンダム』BD-BOXに向けて、総監督の富野由悠季氏が寄せた上記のコメントがネットで話題になっている。もともと自作の評価が厳しいことで知られる富野監督だが、なかでもこの『Vガンダム』(1993~1994年放送)に対しては特別だ。何しろスポンサーのバンダイから作品の内容について、強力な圧力をかけられた富野監督は、『Vガンダム』終了直後から耳鳴りと目眩に襲われ、ひとりではろくに歩くことすらおぼつかない、本人曰く「うつ病」「自閉症」めいた症状に数年にわたって悩まされていたというのだから。

 そんな富野監督が1999年放送の『∀ガンダム』制作を通じて、いかに回復していったか、現場の事情も交えて書かれているのが、今回紹介する書籍『ターンエーの癒し』(角川春樹事務所)だ。

 本書は『∀ガンダム』の企画段階から放送終了直前までを書き記したエッセイ集だが、執筆にあたり前もって構成を考えていたわけではないようで、本筋とはなんの脈絡もなく、突然富野監督の昔話や思想が挿入され、正直読みやすいとはいえない。だが、その未整理さ故に、短くまとめられた一編一編からは当時の生々しい感情や、心の動きがダイレクトに伝わってくる。

 たとえば富野監督が、くだんの『Vガンダム』制作後、精神的に追いつめられ、サンライズや創通エージェンシーの自分の扱いに不満を抱いていた当時を回想した部分を引いてみよう。

<だいたいガンダムはおれがつくったものだ。(C)権があろうがなかろうが、(中略)ゲームが出たんだったらその印税をまわしてくれてもいいじゃないか>
【引用元】『ターンエーの癒し』P75 著・富野由悠季(角川春樹事務所 ハルキ文庫)

 やがて富野監督の妄想はエスカレートし、関係各社に怒りの鉄槌を与えるための作戦を、真剣に考案し始める。

<犯罪者にはなりたくないから、経営者を殺すことはやめる。となれば銀座にまでいって、創通エージェンシーのビルに火をつけるか? 爆破するか!? サンライズがぼくにとっての直接のターゲットとおもえるから、上井草の駅前からサンライズまで抗議のビラを貼る。
 これはいいアイデアだとおもえた。どのようなものを書くかも考え、当たり前のものではインパクトがないから、スキャンダラスなものがいいだろうと、深夜、熟考する。
 猥褻なものがいい! それもぼくが得意なSM物だ!
 こういうロジックは、ほんとうにすばらしい考えだとおもえる。>
【引用元】『ターンエーの癒し』P76 著・富野由悠季(角川春樹事務所 ハルキ文庫)

 ほかにも『∀ガンダム』の企画時に、「ガンダムなんて……」と投げやりな発言したサンライズプロデューサーの前で、ビール瓶をたたき割り

<病気の自覚がなければ、ビール瓶のわれたほうをてめえの顔に押しつけていた!>
【引用元】『ターンエーの癒し』P40 著・富野由悠季(角川春樹事務所 ハルキ文庫)

 と心の中で叫ぶ様や、文庫本10ページ分にわたって延々と自分のSM嗜好を記すなど、まさに黒歴史ともいえる当時の富野監督の心情が、本書では赤裸々に明かされている。

 こうした暗い気持ちと戦いながら、やがて新たなスタッフたちとの出会いや交流によって、徐々に内省していた心が開かれていく様は感動的だ。そして富野監督のうつとの戦いがピークと大団円を迎えた『∀ガンダム』の最終回放送予定日前日に行われた打ち上げは、一本の映画のラストシーンのように美しい。まるで天性の演出家である富野監督が、自分の人生をも演出してしまったかのように(その後、ちょっとしたオチがつくところも含めて)。

 本書『ターンエーの癒し』は、単なる映画監督のエッセイではない。富野由悠季のむきだしの人間像が記された一冊だ。富野監督の総決算と評される『ガンダム Gのレコンギスタ』が完結を迎える今こそ読んでほしい。
(文/蜂須賀のぼる)

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