ヅカヲタ女医の「アモーレ!宝塚ソング」第5回

壮一帆さまの歌う「この世にただひとつ」に浄瑠璃とプログレロックの崇高なる融合を学ぶ

――宝塚ヲタの女医、wojo(ヲジョ)が宝塚の名曲を皆様にご紹介! ヅカヲタ女医の「アモーレ!宝塚ソング」!!

1503_takarazuka.jpg【出典】雪組バウホール 公演『心中・恋の大和路』プログラム(1998年)

【第5回】
「この世にただひとつ」
1979年に、当時の月組トップスター瀬戸内美八の主演で上演されたミュージカル『心中・恋の大和路』の主題歌。作詞は同ミュージカルの脚本・演出を担当した菅沼潤、作曲は宝塚歌劇団の専属作曲家として著名な吉崎憲治。同ミュージカルは近松門左衛門の『冥土の飛脚』をベースにしており、同曲はそのラストシーン、主人公である飛脚問屋の主人・亀屋忠兵衛となじみの遊女・梅川とが雪山で心中する場面で歌われる。

 宝塚ファンの女医、wojo(ヲジョ)です。遅まきながら、本年もよろしくお願いいたします。

 さて、今冬は大雪がすごかったですね。大雪で被害に遭われた地域の皆様には、心よりお見舞い申し上げます。宝塚101周年目の幕開け、wojoは正月に日帰りで宝塚大劇場まで公演を見に行きましたが、雪のため行きの新幹線が1時間遅れてしまい、ヒヤヒヤいたしました。関ヶ原のあたりを徐行する新幹線の中で、深々と雪が降り続ける外の風景をぼんやり見ながら、「梅川と忠兵衛が心中する雪山は、こんな感じだったのだろうか……」と、ミュージカル『心中・恋の大和路』のラストシーンを思い浮かべました。

『心中・恋の大和路』は1979年初演、宝塚の小劇場用のお芝居です。原作は元禄時代に活躍した作家・近松門左衛門の『冥土の飛脚』。浄瑠璃や歌舞伎でも繰り返し上演される演目です。ストーリーは、飛脚問屋の主人・亀屋忠兵衛が、なじみの遊女・梅川を身請けするため、客から預かった金に手を付けてしまい、梅川と2人で逃げるというもの。79年の初演の後は、82年、89年、そして98年と再演を重ねる、人気の高い作品でもあります。宝塚100周年であった昨年14年には、当時雪組トップスターでいらした壮一帆さんが、満を持して4回目の再演をされました。

 主人公の忠兵衛は絵に描いたような優男・ダメ男で、いわゆる格好いい宝塚のヒーロー像とはかけ離れています。そんなわけで、98年時に若干ハタチそこそこだったwojoは、「心中ものなんて暗い!」「ダメ男の役なんてスターさんが格好よくない!」と偉そうにも思ってしまい、観に行きませんでした。しかしwojoも年を取り、いまや、人間臭い男性、そして追いつめられた男女の心情にも心惹かれるようになったアラフォー女です。そこで、壮さん主演で初めて観劇させていただいたのです。

 忠兵衛と身請けされた遊女の梅川は、追っ手から逃れて大坂の道頓堀、平野川、藤井寺、葛城と歩みを進め、ついに忠兵衛の生家がある大和新口村(現在の奈良県橿原市)にたどり着きます。養子に出され飛脚問屋の主人になっていた忠兵衛はここで、実の父のもとに身を寄せるつもりでしたが、なりません。追っ手が迫り、2人は雪山へ……。ここで2人を追う一団の1人でもある、忠兵衛の親友・八右衛門は、「この大雪が2人を裁いてくれる。2人を、この大和路の雪の中に、静かに閉じ込めてやってくれないか」と追っ手の一団を牽制します。そして、雪深い真っ白な山に分け入っていく2人……。

 14年の公演では、艶のある抜群の歌唱力を誇られた未涼亜希さん演じる八右衛門が歌う「この世にただひとつ」をバックに、2人は雪山で心中を果たします。

「この世にただひとつ それはお前
お前のぬくもりが 生きる証」

「あなた お前
歩みつづける
生きる喜び 泣けよ泣け
歩みつづけて 歩みつづけて……」

 こんな純和風な歌詞ですが、曲は激しいロックです。これが不思議と大変しっくりくるのです。なぜ近松にロック……? 脚本・演出を手がけた故・菅沼潤氏が生前に寄せられた文章に、その理由があります。それはご自身が「(心中・恋の大和路)初演時に流行した、プログレッシブ・ロックに深くのめり込んだ」からだそうです(98年『バウ・ミュージカル心中・恋の大和路』宝塚バウホール公演プログラムより)。

 実際、「この世にただひとつ」はプログレッシブ・ロック・バンドとして名高いキング・クリムゾンの名曲「エピタフ」をベースにしているのでは……という記述がネット上などでも散見されますし、確かによく似ています。いや、そういう聴き方で聴くと、もう「エピタフ」そのものにしか聞こえません。ちなみに、かの西城秀樹さんも「エピタフ」をカバーされているのですが、オリジナルよりも秀樹さんの歌う「エピタフ」のほうが、「この世にただひとつ」のニュアンスには近いような、なんと申しますか、人間の深い情念というか業というか、そういった“湿気”を感じます。

 前述の文章で菅沼氏は、「クラシックでは重要になる『展開部』がないこのプログレッシブ・ロックの曲こそが、浄瑠璃の義太夫の世界にも通じ、ひたすら我が愛を歌い上げ、生きる苦悩を語っている」と、ご自身の見解を述べておられます。そんな義太夫節のプログレッシブ・ロックに、聴く者は考える間も与えられず、ただ気持ちだけがぐいぐいと、忠兵衛と梅川の愛の逃避行に引っ張っていかれる。そしてふと気づくと、自然と涙がこぼれています。周りの席のおばさま方も、同様にただ号泣。菅沼先生、天才です。ハタチの頃のwojo、この作品を観なかったなんてバカ! もし観ていたら、もっと深みのある人間になれて、もっと違う人生を歩んでいたかもしれない……。

 宝塚では「西洋と東洋の文化の融合」といったかけ声のもとに、日舞をオーケストラで踊るといったような和洋折衷の舞台が頻繁に行われます。が、「この世にただひとつ」は、和洋折衷などという単純な言葉では言い表せないような気高さ、崇高さ、そして空恐ろしさを感じます。和風の心中をロックで表現することで、心中そのものに文化の枠を超えた普遍性を持たせ、ただただ愛のために泥臭く生きた末の死の生々しさとでもいうべきものを、これでもかと観客に突きつけてきます。髪を振り乱しながらわなわなと、命絶え絶えの姿で心中を遂げる忠兵衛と梅川を目で追いかけながら、「ああ、私にもいつかは、こうして命果てる日が来るのだろうな……」と、死を身近に感じるような気持ちが去来し……。そして不謹慎な表現をお許しいただけるならば、勤務先の病院で日々お見送りするさまざまな方々の死のような、リアルで生々しいものを感じました。「心中してくれる相手なんて私にはいない……」という根本的な問題さえも忘れさせ、「いつか来るこの日のために、毎日を一生懸命生きなければ」と、人生に対して活を入れられる気分になっている自分がいるのです。

「エピタフ」を日本語に訳せば、「墓碑銘」。そう、これほど心中にぴったりな曲はないのかもしれません。宝塚って、歌劇団を謳い華やかな舞台を売りにしている一方で、こうしてまれに、ぞっとするほどリアリティ豊かに、生と死の本当の姿を描き出してくれる。舞台を下りるときゃぴきゃぴしたかわいらしいタカラジェンヌの皆さんがこんなすてきな舞台を作り上げておられるのですから、本当に不思議なものですね。

wojo(ヲジョ)
 都内某病院勤務のアラフォー女医。宝塚ファン歴20年で、これまでに宝塚に注いだ“愛”の総額は1000万円以上。医者としての担当科は内科、宝塚のほうの担当組は月組。
 月に1回程度、北関東の病院に当直バイトに行くのにレンタカーを借りています。いつも宝塚のCDを大音量でかけて歌いながら運転するのですが、先日、うっかりCDを入れたままレンタカーを返却してしまいました。09年花組の『スパークリング・ショー EXCITER!!」の実況CDです。
 あわてて忘れ物の問い合わせをした際、「なんというCDですか?」「エキサイターです」「は? えーと、エキサイターですね……(メモる)」というやり取りがあって、とっても恥ずかしかったです。宝塚の演出家の先生方には、忘れ物にしても恥ずかしくないようなショーのタイトルをつけていただけたらと強く願います……。

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