『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』を読む――原作者による反論本は問題描写に決着を付けたか?

 連載30年を超える国民的グルメマンガ『美味しんぼ』。「ビッグコミックスピリッツ」(共に小学館)に掲載された「福島の真実編」において、事故後の福島第一原発を取材した主人公・山岡士郎が鼻血を出すシーンを巡り大炎上した“鼻血問題”から約9ヶ月が過ぎた。そして今年2月初旬、この問題について長い沈黙を守ってきた原作者の雁屋哲氏がついに、反論本を出版した。

 書籍のタイトルは『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』(遊幻舎)というストレートなもの。出版社は原作を連載していた小学館から遊幻舎へ変更されているが、その具体的経緯については本書でも原作者公式ブログ中でも明らかにされていない。

「丸ごと1冊書き下ろしてまでどんな反論を展開するのか?」と気になる人も少なくないと思われるので、今回は実際に反論本を読み、その要点についてまとめてみたい。

『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』はあとがき込みで全270ページ。原作『美味しんぼ』が鼻血や低線量被曝に言及したのはわずか週刊連載2話分(40ページ強)だったのに比べると、その反論本としては相当なボリュームに感じられる。

 本書の中心テーマとなる「鼻血描写が根拠のないデタラメかどうか」は、第3章『「鼻血問題」への反論』と第6章『内部被曝と低線量被曝について』で雁屋氏なりの具体的な反論が試みられている。

■“鼻血シーン”掲載後の反響はどうだったか?

“鼻血シーン”掲載後の反響については、第1章『なぜ、私はこの本を書いたのか』に詳しく書かれている。各マスコミやインターネットユーザー、大臣などから寄せられた多くの声に対し、雁屋氏は「非難とか批判というものではなく、『美味しんぼ』という作品と私という人間を否定する攻撃だったと思います」と述懐している。そうした批判の声を雁屋氏は「感情的に、それこそ人々をあおり立てるだけで、鼻血と放射線の関係について、まともな議論をしないからです」と切り捨てる。ただ本書には記されていないが、「スピリッツ」連載にて“鼻血シーン”が炎上した際には、ネット上で雁屋氏に対して「よくぞ真実を語ってくれた!」と賞賛する声も決して少なくはなかったことを付け加えておきたい。

 なお「スピリッツ」の編集部員は“鼻血シーン”掲載号の発売後、殺到する苦情処理に追われて編集作業に支障が生じるようになり、あわや休刊しなければならないところまで追い詰められていたそうだ。業務に支障が出るほど激しいクレームの電話について、本書によると、雁屋氏は「そんな電話をかけてくるのは、普通の人間ではない、どこかの団体か組織に属する人間、プロフェッショナルの人間だろう」と考えていたとのこと。

 雁屋氏はそんな状態でマスコミからの取材を受けても悪い結果しか生まないからと沈黙を選び、事態が沈静化した現在になって本書を発表したという。

■“鼻血”の根拠は明確になっているのか?

 雁屋氏や取材同行者、そして『美味しんぼ』本編にも登場した井戸川 克隆氏(双葉町の前町長)などは、鼻血や耐え難い疲労感といった症状に見舞われたという。雁屋氏は数々の実験・調査データを引用し、自身の推測もまじえながら「鼻血が出ている人がいる」ことと「鼻血が出るメカニズム」について語っている。

 鼻血が出ている人が多いことは、2012年に福島県双葉町で行なわれた疫学調査をもとに、他県(宮城県・滋賀県)と比べて、双葉町では「体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、鼻血、吐き気、疲れやすいなどの症状」が有意に多いことをデータで示した。ほかにチェルノブイリ周辺で実施された調査なども引用しながら原発事故と鼻血(を含む諸症状)の関連性を示唆している。

 鼻血が出るメカニズムについて、雁屋氏は放射線研究で知られる医師アブラム・ペトカウ氏の実験結果を引用。このメカニズムは、当該回を収録した『美味しんぼ』111巻でも図を用いて解説されている。ただしこれらは雁屋氏自身も本書で補足しているように、あくまで推論に過ぎず医学的な根拠ははっきりしていない。とりわけ鼻血の根拠となる理論(ペトカウ効果)には批判的な目で見る研究者も多いという。雁屋氏が“自分の症状に当てはまる研究結果を見つけてきただけ”とも言えるだろう。

■福島に住む人たちへの思いはどんなものか?

 鼻血問題で炎上している昨年、雁屋氏が自身のブログで「鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない」と被災者を煽るようなコメントを書いたため、悪意をもって“鼻血シーン”を描いたのでは、と感じた人は少なくないだろう。しかし本書第4章『福島を歩く』において雁屋氏は『美味しんぼ』110巻を実例に挙げ、「風評被害と戦ってきたのは、私だ」と述べている。

 これはたしかに一面の事実を含むものだ。「福島の真実編」の前半パートとなる当該巻(110巻)では、主人公の山岡たちが福島県産というだけで農作物が売れない現状を目の当たりにし、「風評被害を何とかしなくては」という思いが福島取材の重要な指針となっている。

 また、本書においては第4章・第5章『福島第1原発を見る』を中心に、雁屋氏の福島県への熱い思いが語られている。取材開始した当初はまだどんな描写にするか決めておらず、現地で出会った人々から話を聞き、実際に福島第一原発を取材する中で危機感を強めていったという。「捕った魚を出荷できない『宝の海』」「福島の海をけがし続ける大量の汚染水」「原発に反対したら、危険人物」など――詳細は書かずとも見出し項目名だけで、雁屋氏が現地取材によって感じた“被災地の苦悩”をある程度推し量ってもらえることと思う。

 そうした人々の声を知った上で、雁屋氏は「福島を応援すればそれでいいのか」と語る。『美味しんぼ』原作を執筆するにあたって葛藤は大きく、汚染された土地や農作物を作中に描くにあたって「私の心は千々に乱れたのです」「とにかく、本当に辛かった」と本書中で何度も心情を吐露している。だが雁屋氏はそれを描ききった上で、「福島は安全」と喧伝する電力会社・政府・マスコミ・学者たちを痛烈に批判する。最終的に「福島の人たちよ、自分を守るのは自分だけです。福島から逃げる勇気を持ってください」と本書を締めくくっている。

 住み慣れた先祖伝来の土地を離れても、人さえ生きていれば復興はできる。大事なのは「土地としての福島の復興」ではなく、「福島の人たちの復興」であると雁屋氏は考える。そんな思いが行き過ぎて作中の「福島に住んではいけない」という過激なセリフに至り、その部分だけが一人歩きして大騒動になった――という経緯が本書を読むとよくわかる。

美味しんぼ「鼻血問題」に答える

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むしろ、「鼻血問題」とはなんだったのか?

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