「次の企画が動いてます」『つみきのいえ』アカデミー賞作家・加藤久仁生インタビュー【後編】

――今年もアカデミー賞の時期がやってきた。今年は長編アニメーション賞に『かぐや姫の物語』、短編アニメーション賞に日本人の堤大介さんと日系のロバート・コンドウさんが共同監督を務めた『ダム・キーパー』のノミネートが注目を集めている。“日本アニメとアカデミー賞”というと、2002年の長編アニメーションでの『千と千尋の神隠し』受賞、そして2008年に第81回アカデミー賞の短編アニメーション賞を『つみきのいえ』が受賞したことを思い出す人も多いだろう。同作の監督・加藤久仁生さんは、それ以前には04年にDVDが発売された『或る旅人の日記』などで知られていた。アカデミー賞を受賞した際には、作品以外にも色々と逸話が披露されたが、改めて加藤久仁生さんに自身の半生を追ってもらいながら、話を伺ってみた。

【前編はこちら】

■地球温暖化はテーマとして想定していなかった 『つみきのいえ』誕生の経緯

1502_kunio1.jpg所属する映像制作会社・ロボットにて加藤久仁生さん

 2005年、加藤さんはNHK・みんなのうたの『セルの恋』の制作などのほか、ETV(現:Eテレ)特集『ロシアの映像詩人 ノルシュテイン 日本をゆく』への“出演”もあった。後者はアニメーション作家であるユーリ・ノルシュテインさんを追ったドキュメンタリー番組で、今では同氏の来日を記録した価値のある映像資料の1つとなっている。

 加藤さんが番組に“出演”しているのは、放送の前年に開催された「ラピュタアニメーションフェスティバル2004」に際してノルシュテインさんがラピュタ阿佐ヶ谷を訪れているところである。加藤さんのほかには、前出の坂井さんや青木純さん【編注:アニメーション作家】、そして「第5回ユーリ・ノルシュテイン大賞」の受賞者から細川晋さん(最優秀賞『鬼』)、藤田純平さん(最優秀賞/観客賞『seasons』)、こぐまあつこさん(優秀賞/こどものための作品賞『雪渡り』)、坂元友介さん(優秀賞/ユーモア賞『焼き魚の唄』)、西野宮桂太さん(観客賞『small house』)、中田彩郁さん(デビュー賞『舌打ち鳥が鳴いた日』)が、ノルシュテインさんを囲んでいた。

 なお加藤さんは「第4回ユーリ・ノルシュテイン大賞」において『或る旅人の日記』で最優秀賞、青木さんは『ホーム』で奨励賞とアイデア賞、坂井さんは「第3回ユーリ・ノルシュテイン大賞」において『Time-時のしおり-』で奨励賞とデザイン賞を受賞していた。番組を見たことのある人なら、ノルシュテインさんの「『タイタニック』のような映画ばかり見ていたら、あなた達も沈んでしまいますよ」という発言で思い出すはずだ。

加藤「とにかくノルシュテインさんはよくしゃべる方で。若いうちにノルシュテインさんみたいな人から熱のこもったアニメーションの哲学や思想を間近で聞けたってのが良かったですね」

1502_kunio2.jpg鹿児島のTOHOシネマズ与次郎にて凱旋上映ポスター(09年)

 そして、『つみきのいえ』の企画が始動。実写2作品(『日にち薬』『It’s so quiet.』)とのオムニバス『pieces of love』の1作品として制作されることに。

加藤「2006年くらいから、(ロボットで)オリジナル作品を作ろうってことがはじまって。企画書を出してはボツになって……ってことが一年くらい続いて。そんな時、プロデューサーが若手の映像作家でオムニバスをやる中の1作品をアニメーションでやりたいと相談があって。それで『監督しませんか?』という話になりました。脚本は同じロボットの平田研也さんはどうだろうと。実写の脚本家でアニメーション(の脚本)は初めてでした。

 プロデューサーが集めたプロットの中に平田さんのプロットも入ってて、『その話でやってみようか』と2人で話を始めたんですけど、(そのプロットは)実写が前提だったので『アニメーションでやってもどうなんだろう?』となって……。それで前にボツになった企画で描いていたイメージ画の1つで、家が積み重なってる街の絵を見せたら、平田さんが興味を持ってくれて。1つ1つ下の階に行くごとに、家族の歴史があるんだねって。それですぐにプロットを書いてきて、それが『つみきのいえ』の原型になってます。最初はセリフもあったんですが、淡々と描いたほうがいいと思ってなくしました。作画が始まったのは、07年の5月くらいでした」

『つみきのいえ』がアカデミー賞を受賞した際には、一部メディアで地球温暖化がテーマと言われてもいた。劇中では海面の上昇に伴って家を積み重ねていくので、確かにそう感じた人もいるかもしれない。

加藤「平田さんは、温暖化問題ともつながる視覚的なイメージではあるので、そういった現実の問題とリンクするほうがいいんじゃないか、と始めは言ってました。でも、大きなテーマが先にあると、それに作品全体が呑み込まれてしまうんですよね。(僕は)むしろ“どんな状況でも生きてしまう人間”というのをやりたかった。なので、先に大きなテーマが存在するのは違うかなと。(地球温暖化というテーマは)個人的に最初の段階で外したものではあるんです」

■『つみきのいえ』がアカデミー賞を受賞するまで 前哨戦のアヌシーから現実味

1502_kunio3.jpg鹿児島のTOHOシネマズ与次郎にて凱旋舞台挨拶(09年)

『つみきのいえ』を含むオムニバス『pieces of love』は、08年3月に大阪のTOHOシネマズ鳳のこけら落としで初上映となった。 アカデミー賞への足がかりをつかんだのは同年6月、フランスで行われるアヌシー国際アニメーションフェスティバル(以下、アヌシー)でのグランプリ受賞になる。アヌシーは1960年にカンヌ国際映画祭から独立した歴史ある映画祭で、クロアチアのザグレブ、カナダのオタワ、日本の広島とで“世界4大アニメーションフェスティバル”と称されている。いずれもアカデミー賞の公認映画祭であり、短編でグランプリを受賞すると、アカデミー賞のノミネート候補対象としてもカウントされるのだ。加藤さんは04年のアヌシーでも『或る旅人の日記』がノミネートされており、縁のある映画祭でもある。

加藤「『或る旅人の日記』の時は初めての海外で、(道中は)飛行機から見たチベットあたりの風景や、空港からパリの街中に出て目の前に広がった石造りの建物に感動しました。映画祭は1つの祭りであり発表の場でもあるので、『また来たいな』とは思ってました。

『つみきのいえ』では、最初に『子供審査員賞』で呼ばれたんで、一度壇上に上がってたんですよ。(登壇が終わって)くつろぎスペースみたいなとこで、ほかの作品の受賞を見ながら、(役目が)終わった感じでほっとしてビール飲んでた。そしたらまた呼ばれたんですけど、それがクリスタル賞(=グランプリ)でした。(クリスタル賞で呼ばれたと)全然わかってなかったんですが、受賞の挨拶を軽くしたら『また来年!』みたいな感じで映画祭が終わって、『あれっ?』と思いました(笑)。アヌシーの授賞式って普通の映画祭と違ってアットホームな感じですから、完全に気を抜いてました……」

 そして、『つみきのいえ』は、8月に広島国際アニメーションフェスティバルでヒロシマ賞と観客賞、10月にはDVDの発売などのイベントがあった。それから11月、アカデミー賞のノミネート候補として選出された。日本からのノミネート候補作品には、山村浩二さんの『カフカ 田舎医者』もあった。『カフカ 田舎医者』は広島国際アニメーションフェスティバルでグランプリを受賞していたので、アカデミー賞候補の対象となっていた。

 12月には、文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で大賞を受賞。明けて09年1月に、アカデミー賞の最終ノミネート5作品にも選出。そして、アカデミー賞のため、渡米する2月がやってきた。

 通常の映画祭の場合、ホテルも協賛として入っているため、参加者が金銭的に気にするところといえば、交通費の負担のみとなる。だが、アカデミー賞は滞在費も実費負担となる。ただし2週間の宿泊費が実費負担とはいえ、名だたるスタジオを巡るツアーもあり、行って損はないという。

加藤「(アカデミー賞への列席は)会社の判断だったんですが、『監督だから行きなよ』ってなりました。受賞式全体がショーアップされてて、ホントにエンターテインメントの国の映画祭ですね。金と時間もかかってて、アメリカだなぁと。大体ハリウッドのセレブたちはリムジンに乗って会場に行くんですけど、僕はプリウスで行きました(笑)。受賞発表まで2週間、ノミネート作品の監督はスタジオツアーがあって、ディズニー、ピクサー、ドリームワークスなど、ほとんどの西海岸側のスタジオ見学をしました。スタジオでノミネート作品の上映機会がありますね。ディズニーは歴代の作品の原画を保管してる場所とか、ピクサーはよくテレビでも紹介されてるクリエイター各自のブースとか制作風景を見せてもらって。ドリームワークスはちょうど『ヒックとドラゴン』の制作中でした」

1502_kunio4.jpg鹿児島のTOHOシネマズ与次郎にてオスカー像(09年)

 そして滞在最終日、見事アカデミー賞を受賞。帰国後は各テレビ局や首相官邸(当時の首相は麻生太郎)も訪問した。受賞後は、DVDと同時期に発売していた絵本も部数を伸ばした。

加藤「アカデミー賞は、結構決まり事が多いんですよ。スピーチに関しても、みんなにわかるように英語でしなさいとか。何秒でとか。通訳でついてくれてたプロデューサーも『もし獲った時のために(スピーチを)考えとかないと』って言うから、とにかく何か考えとかなきゃなって。スティクスの『ドウモアリガトウ ミスターロボット』は、絶対みんなあのフレーズは知ってるから、そのプロデューサーが『入れようよ』って。鉛筆(「Thank you my pencil.」と言った件)はその日の朝、シャワーを浴びながら思いつきました。

 帰国してからの喧騒と自分の中の気持ちとで、ギャップもありました。でも作品を広く知ってもらう機会になったのは事実でありがたかった。(同時に)『おくりびと』も外国語映画部門を受賞したので、その流れでこちらに取材してくれたメディアもあったんじゃないかなと思います」

 最後に、加藤さんは「とりあえず、学科は勉強しときましょう(笑)」と受験生にエール。

加藤「受験に関しては運が良かったというのもあるし、確かに僕は大学に入ってから“アニメーション”や、数は少ないけど友人や恩師に出会って視野が広がった部分もあるけど、『その場所で何ができるか』が重要だと思います。受験自体は目的ではなく通過点ですし、『その先で何がしたいか』ってことだと思うので、あまり深刻にならずに」

 それから「次の企画は動き出してるところで、どうなることやらですけど」と、楽しみな発言も。11年には「加藤久仁生展」の巡回、絵本『あとがき』の発売もあっただけに、今後の発表を待ちたい。
(取材・文/真狩祐志)

■KUNIO KATO OFFICIAL WEB SITE
http://www.robot.co.jp/staff/kunio/

あとがき

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新企画を楽しみにしてます!

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