なんて優しい世界…“ボカロP”が主人公のマンガ『弱虫リザウンド』

2015.02.02

弱虫リザウンド(アルファポリス)

 夜宵草氏のマンガ『弱虫リザウンド』の主人公は、“ボカロP”。ボカロPとは、作った曲を「初音ミク」や「巡音ルカ」など、ボーカロイドソフトに歌わせたりする人のこと(「ボカロ」「ボーカロイド」はヤマハ株式会社の登録商標です、念のため)。これまで日本のマンガでは、色々な職業の人が主人公になってきた。ボカロPがマンガの主人公になるということは、それだけ社会的認知が上がったということだろう。

 物語の主人公・林田律は大学2年生の草食男子。彼は、学科の飲み会で同級生の姫野さんが偶然カラオケで歌うのを聞いて、その歌声に驚愕する。彼女は神のごとき歌声の持ち主だったのだ。それが物語の始まり。もっと彼女の歌声を聞きたい……いや、自分の作った曲で歌ってほしいと思う林田。でも、姫野さんは、度を越した恥ずかしがり屋だった。飲み会で仕方なく一曲歌っただけだったという姫野さんだが、林田の熱意と彼の曲の素晴らしさに感動し、一曲だけならと歌うことに。こうして、2人の楽曲は動画投稿サイトでも再生数ミリオン達成の超人気曲に。しかし、その先に新たな問題が浮上してきて……。
 
 物語は、音楽を通じて2人の距離が近づいて、困難を乗り越えていくという、王道ラブコメ。けれども、それ以上に重要なのは、このマンガが“ボカロP”や“歌い手”など、そういうネットに登場した新たなスタイルの「クリエイター(笑)」の生態を教えてくれることにある。

 大学2年の林田は、学内のクリエイターが集う「UPPER」というサークルに所属している。このサークル、先輩たちは昨日アップロードした曲が10万再生に到達したりして、お互いに褒めちぎり合う。作中に描かれている勧誘チラシでは「クリエイターなら誰も歓迎」と書かれているが、姫野さんの友人いわく「私聴き専門で作曲も絵もPVも何もできなくて入る資格なくってー」。曲を作ってネットにアップしているだけで、学内でも尊敬のまなざしで見られるなんて……スゴイ世界だ。そんなトップクリエイター揃いのこのサークルだが、メンバーはみんな優しくて切磋琢磨よりも身内褒めが大好き。作中では「いいなーその歌詞の出し方好き」とか「今度歌いたいんで、オフボーカルの音源くれませんか」とか、褒めることはあっても批判はない。

 もちろん、作中では、ネットならではの問題とも直面する。姫野さんの歌声で、一気にネット有名人になったボカロP(そもそもボーカロイドを使わなくなったのに、ボカロPと呼んでいいのか?)の林田だが、ネット上では褒めるコメントばかりと限らない。「歌はいいけど曲は残念」といった、ネガティブなコメントも次々と寄せられてくる。ディスられ耐性のない林田は、当然ズズーンと落ち込むこととなる。でも、サークルの仲間たちはそんな彼を慰める。さらに、これからも姫野さんと一緒にクリエイティブにやっていってよいのか悩む林田に、「俺たちは仲間だ」とまで言うのだった。

 前のほうで「クリエイター(笑)」と記したが、別に“ボカロP”や“歌い手”を揶揄しているわけではない。ニコニコ動画などで見かけるボカロPや歌い手さんは、こんなに優しい人たちなのか……羨ましいじゃないか! という嫉妬である。単に趣味の範疇かと思いきや、創作者の苦悩までをも抱えているなんて! 学内でもみんなから尊敬のまなざしで見られるサークルになるのは、当然だろう。
 
 ……しかし、これはファンタジーなのだ。

 筆者もライター業などやっているわけで、大学時代は映画やら小説やらクリエイティブなサークルを経験してきた。そこでは、今でいう“オタサーの姫”とか、“LINEの別グループではディスり合い”みたいなことが日常茶飯事だった。サークル内にいくつものグループが出来て、それぞれ宅飲みで罵り合うとか、作品制作よりも作品論・批評と称した罵倒に命を懸ける人とか。そうしたリアルを知っていると、本作の楽しくお互いを高め合っている登場人物たちはファンタジーにしか見えない。リアルでこんなサークルがあったら、メンバーの一人の再生数がアップしてネットでの有名人になった時点で、崩壊するだろう。そうならないのは、本作がファンタジーであるがゆえだ。もしかしたら、作中のようなサークルも実在するのかもしれないが、筆者は寡聞にして知らない。でも、“登場人物が全員善人”というファンタジーゆえに、この作品を読みたくなってしまう。読まずにいられなくなる。

 トップクリエイターになりたい人もなりたくない人も、読んでおくといい作品だと思います。いつか、リアルでこんな世界に出会えると信じて!
(文/是枝了以)

編集部オススメ記事

注目のインタビュー記事

人気記事ランキング