酒井伸和ロングインタビュー前編

ゲーム制作にクラウドファンディングは向いていない? minori酒井「クラウドファンディングに夢を見るな」

minoriの酒井伸和氏minoriの酒井伸和氏。左のポスターは2015年2月27日発売の新作『ソレヨリノ前奏詩』。

 最近クラウドファンディングという言葉を目にする。これは「特定多数の人がインターネット等で財源の提供や協力を呼びかける」ことを指した現代用語で、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語だ。要は銀行などから出資を受けずに、インターネットで有志の一般出資者を募るということだ。

 この言葉はよくゲーム業界で目にする。元カプコンのゲームクリエイターだった稲船敬二氏が横スクロールアクションゲーム『Mighty No.9』の開発で、4億円という驚異的な金額をクラウドファンディングで集めた。美少女ゲームにおいては、OVERDRIVEが「『KICK START GENERATION』公演映像化計画」で986万円を集め、Keyが美少女ゲームの名作『CLANNAD』の海外版リリースのためにクラウドファンディングを呼びかけたところ、開始数日で2,000万円以上が集まるという事態が起きた。こうしてみると、クラウドファンディングは非常にゲーム業界と相性がいいように思える。稲船敬二氏も、クラウドファンディングは「日本のゲーム業界の希望」と発言している。

 ゲームはプラットフォームの進化とともに、性能やグラフィックレベルが非常に上がった。ユーザーからすれば、より快適な操作性、より美しいCGでゲームがプレイできるのだから喜ばしいことであるが、開発側は開発費が青天井で上がっていくというジレンマを抱えている。しかしクラウドファンディングで資金を集めることができれば、開発側は資金不足などに悩まない環境を作ることで、クリエイターの開発へのモチベーションを向上させることができる一方、出資したユーザーは出資した特典を得られるという、まさに一石二鳥の素晴らしいシステムと言えるのではないだろうか。

 ならば、クラウドファンディングを積極的に取り入れれば、斜陽産業と言われて久しい美少女ゲーム業界にも希望の光があるのではないだろうか。Keyなどの成功例もある。早速、以前Business Journalで美少女ゲーム業界に警鐘を鳴らしたminori酒井伸和氏に、場所をおたぽるに変え、美少女ゲーム業界におけるクラウドファンディングについて考えをうかがった。

――1年半ぶりのインタビューになりますね。その後、会社はいかがですか

酒井伸和(以下、酒):経営者の立場で言わせてもらえば、変わらないというより若干悪化って感じですね。相変わらずこの業界はリスクが大きい割にインカム(編注:収入のこと)が少ないです。美少女ゲームの市場規模の縮小は止まっていませんから、当たり前ですけど。

――大きいリスクとは、なんでしょうか。

:開発費の一部を外部から調達することです。僕がなんらかの保証をして莫大な借金をしてゲームを作って、例えそれが売れたとしても、それがそのまま僕に返ってくるわけではありません。

 ゲームが出なかったときのリスクを丸かぶりしなくちゃいけないのに、その見返りが期待できない、いわばハイリスクローリターンな状態です。これはビジネスモデルとして美しくないですよね。だったら、辞めろよ、という話なんですが、辞めるにしてもハードランディング(編注:経済状態が悪化したまま次の局面に移行すること)はよくないので、方法を模索しないといけません。

Kickstarter HPアメリカのクラウドファンディング“Kickstarter”のHP。他にも日本のCAMPFIREなどクラウドファンディングのサービスは数多くある。

――いま借金という言葉が出てきました。それに関連してなのですが、最近クラウドファンディングでゲーム開発をすることが話題になっています。数億円集めた事例もありますが、クラウドファンディングをしようと思ったことはないのですか?

:作品制作では一切ないですね(即答)。そもそもなんですが、美少女ゲーム作りに関してはクラウドファンディングをやってはいけないんです。

――そうなのですか? 成功事例はよく目にしますし、制作者側のモチベーションが維持できる、すばらしいシステムだという声もありますが。

:本当にそうでしょうか。成功した事例は取り上げられますが、成功が確約されたものがクラウドファンディングに乗っかったにすぎないと思います。正直、より多くはその土俵に上がることすらできていませんよ。そもそも美少女ゲームの現状を見る限り、クラウドファンディングは危険としか言いようがありません。

――なぜそう思われるのですか?

:出資する側から考えてみましょうよ。「お金があれば完成する問題なのか」と思いませんか? 残念なことに、特に美少女ゲームの場合、発売日が延期されることが常態化していますよね。発売延期はまだしも、スタッフが逃げて作品が完成しないなんてこともあって、ここ十数年そういった遅延体質が一つの文化みたいになっているわけです。

 しかも市場自体が縮小傾向にあるわけですから、ハイリスクの割に完成が確約されないという状況では、お金を出すことが完成への布石ではなく、博打でしかありません。きちんとスケジュール管理ができない業態にお金を出すことほど危険なことはないんですよ。

――確かに美少女ゲーム業界では発売日が延期されても「いつものことだ」と受け流す風潮はあるかもしれません。しかし、全てに当てはまることはではありません。御社のように発売延期をしないブランドであれば、導入できるのではないでしょうか。

:確かにminoriはこのところ延期をしていませんが、この事実を踏まえても導入は難しいと思います。というのもゲームを制作していく場合において、出資者の数は少ないほうがいいのです。

――といいますと?

:一般企業の株主総会を考えてみてください。一口株主だろうが大株主だろうが発言の場は平等に与えられ、個々で様々な意見や要求を企業にぶつけるわけです。つまり、出資者が多ければ多いほど、口うるさい出資者が増えることにつながってしまいます。これでは物事が進みづらくなってしまうのです。

 何かを作るということは制作者の人間性や芸術性を反映させること、つまりエゴを通すことです。しかし、お金を出してくれた人がいたら、その人の意見を聞いて、案を取り入れなければいけない可能性が出てきてしまいます。これは必ずしも正しい制作方法とは言えません。

 制作者は自分が良いと思ったゲーム作りをしているわけで、ファンはその制作者が良いと思って作ったゲームをやりたいわけです。だけど制作者以外の意見を取り入れてしまうとゲームが没個性化し、つまらなくなる可能性が高くなってしまいます。ゆえにゲーム制作には、クラウドファンディングは向いていないと言えるのです。

――しかし、クラウドファンディングではないにしろ、御社でも開発費をどこかから借りるといったことはされますよね。そういった場合は、どうされるのでしょうか?

:僕らが投資を受ける場合、必ずゲームの中身には一切口を出さないでほしいと伝えます。その代わり、規模とスケジュールは明らかにします。それをもとに投資が妥当かどうか判断されるんだと思います。そもそも全額投資を受けることは稀で、ほとんどの場合、過半数以上を自社で出資していますが。

――出資者が口を出してくる場合は、どんなことを言ってくるのでしょうか。

:キャラを増やせ、キャラデザをこうしろ、エッチシーンを増やせ、とかでしょうか。でも、そうやって制作に介入してくることでゲームが面白くなり、どんどん売れるのならこの業界はもっと繁栄しているはずです。ただ誤解していただきたくないのは、「意見を取り入れない」と「意見に耳を傾けない」は別です。「第三者の意見を聞いてみる」のは自己の選択肢を増やす上で重要です。

■クラウドファンディングが成功する条件とは

――美少女ゲームには、クラウドファンディングの成功事例があります。これについてはどうお考えでしょうか。

『グリザイア』シリーズはKickstarterで目標金額16万ドルを14時間で達成させてしまった。『グリザイア』シリーズはで目標金額16万ドルを14時間で達成させてしまった(Kickstarter HPより)。

:大前提として、クラウドファンディングには向き不向きがあるってことです。それをはき違えてはいけないんです。

 まず、美少女ゲームに限らず、作品制作は大別すると2つのレイヤーに分かれます。1つ目は創作レイヤーで、2つ目が生産レイヤーです。創作レイヤーというのは、キャラデザをしたり作品の骨格を決めたりと、要は作家の創作性であり個性が大きく反映される部分であり、ここ自体が作品の本質を決定づけます。それに対し、生産レイヤーというのはもっと工業的な部分、創作性から切り離された部分の作業を指します。クラウドファンディングが向いている事例というのは、この生産レイヤーに対して先行リスクを取る場合です。

 既にある作品に対して内容を変えず別の形でリリースし直したり、自分がリスクを負ってまで出したくはないけれど周りの要望に応えたりする場合がこれに当たります。一番分かりやすい事例としては「ライブは行うけれど(決まっているが)、映像化する予算は無い」となったとき、会場に行けない、もしくは行くが何度も見たいというユーザーが一定数集まって購入が確約されているのであれば、映像を収録するスタッフと映像化までの工程に対する予算を配分すれば可能なわけですから、そこをクラウドファンディングで集めるのは、実に理にかなっています。美少女ゲームに当てはめると、パッケージ作品をダウンロード版に対応させるためのプログラムの費用とか、海外版を出すための翻訳費などでしょうか。

 完成した作品は既に存在しているのだから、そこに他人の意見が介入する余地はありません。こういった「創作の余地が薄いが、作業をするにはコストがかかる。しかしコスト投下さえすれば完遂するようなもの」については非常に相性がいいと思いますし、どんどんやったほうがいいと思います。

――既にあるパッケージ作品に対して、ということならば18禁ゲームのコンシューマー化にも向いているということでしょうか。

:コンシューマー化はまた少し事情が違うと思います。オリジナルイベントを追加させたりするんで、その追加要素に意見が介在してしまう可能性があります。

 クラウドファンディングで資金を集めて何かを作る場合、出資者の満足度は限りなく100%に近い状態にしなければなりません。ここに創作の余地が入ってしまうと「合う合わない」といった未知の問題が発生しますから、これはちょっと難しいとなるわけです。

……とまぁ、ここまで色々と言っておきながら、既に美少女ゲーム業界にはクラウドファンディングのようなものが存在していて、実はそれを利用しているんですけどね。

――えぇ!? ここまで否定してきたのに!?

:クラウドファンディングそのものをやっているわけじゃないですよ。結果的に目に見えないクラウドファンディングになっているということです。

 さっきチラッと海外版って言葉を出しましたが、最近美少女ゲームの海外版をリリースする動きが出てきましたよね。

――昨年ではKeyが『CLANNAD』、フロントウイングが『グリザイア』シリーズの海外版をリリースするのにクラウドファンディングを利用し、話題になりました。御社でも『ef』の海外版を2012年にリリースされていましたよね。

:僕自身は正直、海外にminori作品を受け入れるような市場はないと考えていました。僕らは日本のメーカーで日本人のメンタリティにあった作品を作っているわけです。これは、日本に生まれて日本に育ったという共通の体験を持つユーザー層に対する作品提供にほかなりません。

 でも、絶対に海外にも市場はあると言う人がいるのです。やってみなくちゃ分からないことは確かだし、もしも市場があるなら新たな可能性が広がるわけです。そこで実際にリリースしてみました。しかし期待値には全然届かず、1000~2000本程度しか売れませんでした。失敗と言ってもいいでしょう。

――確かに1000や2000では、ビジネスとして成り立たない気がしますね。

:その結果、僕は「ほら見ろ。市場なんてなかったじゃないか」と思ったわけです。だけど今度は、minoriのゲームが海外でリリースされていることを現地のファンが知らないだけだ、と反論されたんですよ。

Steamで発売される海外版『eden*』Steamで発売される海外版『eden*』。発売日は1/30となっている。(Steam HPより)

 そこまで言うなら今度はSteam(編注:ゲームのダウンロード販売やユーザーの交流等を目的としたプラットフォーム)でリリースしてみようと思い、『eden*』の海外版をこの冬に出してみることにしました。

 Steamのアクティブユーザーは公式発表では7500万人いるそうです。このうち41%が北米、40%が西ヨーロッパ人です。一方、日本の美少女ゲームユーザーは恐らく30万人程度しかいません。プラットフォームを変えることで対象人数が一気にふくれ上がるのなら、なんらかの変化が期待できるかもしれません。

■クラウドファンディングと市場流通の近似性

――御社が『ef』の失敗があっても『eden*』で再度海外展開していくというのはファンにとってうれしいことだとは思いますが、それがどうクラウドファンディングと結びつくのでしょうか。単純に他社のように開発資金集めをクラウドファンディングで行うわけではないですよね。

:Keyさんが利用したKickstarterもクラウドファンディングですけど、集める資金の投入先は、翻訳費等の海外で販売するための変換費用ですから、厳密な意味での創作にまつわる開発費用ではありませんよね。これは成功するパターンのクラウドファンディングです。

 だけどやはり、minoriではクラウドファンディングはしません。と言うのもちょっと考え方が異なっていて、海外市場で販売すること自体が、1つのクラウドファンディングだと捉えているからです。

――海外市場がクラウドファンディング……。どういうことでしょうか。

:『eden*』の海外版を販売する資金はminoriなり、パートナー企業のMangaGamerで負います。それで、もしもSteamにおいても『eden*』が『ef』と同じく期待値ほど売れなかったら、海外市場は無かったとして素直に撤退します。だけど売れたとして、市場が“ある”となった場合、『すぴぱら』の海外版を続編含めて展開する予定です。そうなった場合、『すぴぱら』の資金はどこからきたものでしょう?

続編が海外でリリース予定だという『すぴぱら』続編が海外でリリース予定だという衝撃の展開をみせる『すぴぱら』。ぜひ国内でも……。

――『eden*』のSteamからの売上からになりますよね。

:そうです。Steamで売った『eden*』の売上からになるのです。海外のファンがお金を出してくれた。だから制作資金が集まった。ゆえに次の作品をリリースすることができるわけです。これって「ブランドの継続」という意味でクラウドファンディングと同じ構造じゃありませんか?

――お金の集め方が異なるだけということですね。

:その通りです。作品の購入というのは、実は「ブランドの維持継続」のクラウドファンディングなんです。前の作品の売上は、ユーザーの皆さんの次の作品への投資でもあります。作品を気に入って払っている人もいれば、ブランドを支えてくれるためにお金を払ってくれている人もいるでしょう。

 好きな人が投資をして、モノができる。お金を先行して払うからクラウドファンディングになるわけで、そうじゃなければ市場流通です。だったら僕たちは市場流通を選択して、自分たちの全責任において他者に介入されず創作部分を担うことで、よりminoriとしての個性を維持していきたいと考えているのです。

――クラウドファンディングは言ってしまえば借金ですからね……。

:結局のところ制作者が作品を作って、それを気に入ったユーザーが買って、売れたお金で次の作品を作るという流れが一番美しいんですよ。
(文・構成/Leoneko)
※後編へ続く(1/24公開予定)

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