マイナーな「フス戦争」を戦記として楽しむ! 凄惨すぎる歴史絵巻『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』

 先頃、第3巻も発売となり、とても盛り上がっている大西巷一氏のマンガ『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』(双葉社)。本作は15世紀のボヘミアを舞台に描く戦争史劇大作です。

 そもそも「ボヘミアってどこ?」と、多くの人は思うでしょう。しかも、この作品が描くのはフス戦争。日本人にはまったく馴染みがありません。

 フス戦争とは、腐敗したカトリックを批判したヤン・フスを源流とするキリスト教の改革派である「フス派」と、それを異端とするカトリックを擁護する「神聖ローマ帝国」との戦いです……いえ、この説明も十分ではありません。そこに、ドイツ騎士団やらポーランド王国やらリトアニア大公国やら、当時の強国や新興勢力も複雑に絡み合い、さらに民族的な対立もあったりと、泥沼の中で行われた戦争です。

 ひとつだけいえるのは、お互いの陣営の結集軸として“宗教”があること。ゆえに、敵対者に対しては非道の限りが尽くされるわけです。

 そんな物語のヒロインが、シャールカ。わずか12歳の彼女は、フス派の異端狩りと称して村を襲う騎士団によって、家族皆殺しの目に遭います。しかも、大西氏の描く物語は容赦ありません。だって、いきなりヒロインもレイプされちゃう展開なんですから……。

 タイトルや表紙の可愛いヒロインのイラストとは裏腹に、「この作品は萌えもクソもなく本気だ」と教えられます。いきなり人生崩壊モードのシャールカちゃんが拾われたのが、ヤン・ジシュカ率いる傭兵団です。このヤン・ジシュカというのは、フス派を数々の勝利へと導いた実在の人物。その勝利のカギとなったのが、歴史上始めて実戦で使用されたという銃(ピーシュチャラ=笛と呼びます)の登場です。単なる筒に手で持った火縄で着火するという原始的過ぎる兵器ですが、12歳のヒロインでも重装騎兵と対峙できる画期的な兵器であります。

 しかし、だからといって物語がヒロインたちの大勝利でめでたしめでたし……と終わるわけなどありません。

 銃と共に登場したワゴンブルク(荷車に装甲を施し、戦闘時には円輪に連結して野戦築城できる「荷車城塞」)を用いて奇策を繰り広げるヤン・ジシュカですが、無敵というわけもなく。おまけに、宗教的な確信の中で生きているフス派の人々は、敗北しそうになると油をかぶって敵兵もろとも焼け死んだりと狂信的。ヤン・ジシュカも、傭兵と違って狂信的な目的意識があって、自分の考えた奇策を実現できることに喜びを感じる一種の“戦争狂”ですから、酷すぎる殺し合いになります。第3巻のオビには「激化する凄惨な宗教戦争」と記されていますが、まさにその通り。この後史実では、各国の介入やフス派の内部抗争などによって、戦争は泥沼化していきます。第3巻では、ペストが流行ったらその原因としてユダヤ人を皆殺しにしようとする場面も登場し、その片鱗を見せてくれています。

 つまり、ヒロインの所属している側がまったくの正義ではない。むしろ登場人物がほぼ何かに取り憑かれた“マジキチ”の類いなのが本作です。その中において、唯一、現代的な価値観で慈愛に満ちているシャールカちゃんは可憐すぎてたまりません。ヒロイン補正なのか、彼女の撃つ銃はえらく命中率がよかったりしますが、史実を知っているとこのまま彼女が幸せな人生を歩むとは思えません。

 ともあれ、日本人には馴染みのないフス戦争。戦記ものとして面白いのは三国志や戦国時代、幕末に太平洋戦争だけじゃないんだ! と、多くの人に知ってもらえる機会となる良作です。ああそうだ、日本の南北朝時代あたりが好きな人は、きっと楽しめると思いますよ!
(文/大居 候)

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