バイオレンスにブラックギャグ、メタフィクション 水島努が押し広げた劇場版『クレヨンしんちゃん』の可能性【水島努編】

――この時期に観たいアニメとしてお勧めの劇場版『クレヨンしんちゃん』。そんな劇場版『クレしん』の魅力を監督別に特集。第4回は、原恵一監督の後を継いだ水島努監督の作品群を取り上げる。『オトナ帝国』『戦国大合戦』の大ヒットで、映画『クレしん』に“大人も笑って泣けるアニメ”というイメージが付く中、あえてギャグに特化した『栄光のヤキニクロード』『夕陽のカスカベボーイズ』などの、こんなところを知っていると観方が変わって面白いという見どころを紹介していこう!

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【水島努編】

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クレしんパラダイス! メイド・イン・埼玉

 最初に水島監督が映画『クレしん』を手がけたのは、劇場版本編ではなく、原恵一監督の『クレヨンしんちゃん 爆発! 温泉わくわく大決戦』と同時上映された短編オムニバスアニメだった。本作は、「野原刑事の事件簿」「ひまわり ぁ GOGO!」「ふしぎの国のネネちゃん」(出てくるのは、トランプじゃなく花札の兵士!)「ヒーロー大集合」「私のささやかな喜び-A motion for a long time.-」「ぶりぶりざえもんの冒険 銀河篇」の豪華6話構成。これが劇場版での水島努の初監督作品である。

 本作の白眉は、ひまわり視点で描かれた「ひまわり ぁ GOGO!」と、ミュージカル仕立ての「私のささやかな喜び」だろう。「ひまわり ぁ GOGO!」はほぼ全編、背景動画【編注:一枚絵の背景でなく、背景自体が動く画のこと】で作画され、とにかく動き回る。股間を打って悶絶しながら裸になるしんのすけのクネクネ具合も最高だ。「私のささやかな喜び」はミュージカルということで映画ネタが横溢。宝塚、『サウンド・オブ・ミュージック』『タイタニック』『メリー・ポピンズ』『雨に唄えば』『ブルース・ブラザース』『イージー・ライダー』の名シーンが再現される。ちょっとブラックなギャグや、過激な暴力シーン、ミュージカル的要素へのこだわりなど、その後の水島作品に共通する要素が散見できるのも興味深い。

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嵐を呼ぶ 栄光のヤキニクロード

 本作は、ずっと『クレしん』で演出助手を担当してきた水島努監督の劇場長編第1作である。水島監督にとって演出助手を卒業後、シュールなギャグが冴えるテレビアニメシリーズ『ジャングルはいつもハレのちグゥ』の監督を挟んでの『クレしん』復活である。

『オトナ帝国』『戦国大合戦』の大ヒットで、『クレしん』に「大人も笑って泣けるアニメ」みたいなブランドイメージが定着し始めていた。しかし、本作はあえてそれに背を向けてギャグに特化した。『クレしん』をひとつの固定観念で測っちゃダメダメとばかりに、冒頭から息もつかせぬ逃亡アクションを展開し、これでもかとギャグをちりばめたエンターテインメント作品に仕上がっている。結果として本作は『クレしん』劇場版の可能性を押し広げたと言えるだろう。

 苦しい家計を切り詰めて手に入れた超高級焼肉で、今晩はご馳走だ、と浮かれる野原一家。そんな一家のもとに招かれざる客が現れた。白衣の男の乱入に、それを追うテンガロンハットの堂ヶ島少佐が出現したことを契機に、野原一家は警察やマスコミから凶悪犯一味と断定され、おまけに近隣住民からは報奨金目当てに追われるはめに……。逃亡途中でこの原因は謎の組織・有限会社スウィートボーイズにあると知ったしんのすけたちは、組織の本部がある熱海へと全速力で向かうのだった。

 なぜ追われるのかの理由もわからず、とにかく野原一家はスウィートボーイズ配下の連中に追われて逃げ回ることに。途中みなが離ればなれになることで、それぞれに見せ場があり、前作ではほとんど活躍の場がなかった、風間ら、かすかべ防衛隊の面々も大活躍を見せる。ブラックな笑いを混ぜながらの熱海までの追跡劇は続いていく。

 変装して逃亡するために、女装して“ひろか”となった父・ひろしのデフォルメされて揺れまくる巨乳と異様に艶めかしい動きや、みさえのセクシー(?)ヒッチハイク、ひろかにぞっこんの大神源太に似た青年など、エッジの効いたギャグシーンが多い。こういったブラックな笑いや、キワキワな元ネタ、バイオレンスシーンなどは水島監督作品の特徴だ。続く『カスカベボーイズ』もブラックな笑いはつきまとう。

 フリーになって以降、水島努が監督したアニメ『撲殺天使ドクロちゃん』『大魔法峠』ではブラックの到達点的なギャグが展開され、『Another』『BLOOD-C』では、より過激なバイオレンス描写がなされている。しかし、水島監督はそんな暗黒面がいつも全開というわけではない。『xxxHOLiC』『おおきく振りかぶって』『よんでますよ、アザゼルさん。』など、原作もののエッセンスを損なうことなく映像化するのも得意としているのだ。

 閑話休題。ノンストップギャグに徹した本作は、アクションシーンも見どころが多い。営業部長・下田長九朗配下のセグウェイ部隊や、堂ヶ島少佐配下とかすかべ防衛隊が繰り広げるジェットコースターアクション、しんのすけと自転車による追跡劇を繰り広げる天城チームと、趣向を凝らしたアクションが満載だ。

『クレしん』のお約束、さまざまな映画ネタも、そこかしこに隠れている。事件の発端となる白衣の男は、堂ヶ島少佐に手刀で気絶される瞬間「ブシェミ」と叫ぶ。映画ファンにはお分かりのように、『レザボア・ドッグス』のMr.ピンク役や『コン・エアー』の凶悪犯ガーランド・グリーン役などを演じた個性派俳優として知られるスティーブ・ブシェミがモデルである。一方、堂ヶ島少佐のモデルは『地獄の黙示録』のサーフィン大好きなギルゴア少佐(ロバート・デュバル)だ。劇中、少佐の台詞「朝の味噌汁の匂いはいい」(「朝のナパーム弾の匂いは格別だ」)に始まり、少佐が無線で連絡を取る際の「ダブフォー、こちらビッグ・デューク・シックス」の台詞は『地獄の黙示録』の台詞のパロディである。このほかにも『ブラックホーク・ダウン』や『地獄の黙示録』のプレイメイト登場シーンなど、探せばまだまだあるはずだ。

 野原一家がなぜ執拗に追われていたのか? その理由は、人の思考すら操る熱海サイ子の起動に必要なためだった。詳しくは、熱海サイ子がどのように起動するかは観ていただければ話が早い。この起動するためのやりとりが、シュールな笑いを生み出し、続く大量のぶりぶりざえもんが溢れかえる、カオスなクライマックスへと繋がっていく。果たして野原一家は無事、冷蔵庫に残してきた超高級焼肉を食べられるのか? それはぜひご自身で確認していただきたい。本編冒頭と中盤を観終わった後で、必ず焼き肉を食べたくなることは保証しよう。

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嵐を呼ぶ! 夕陽のカスカベボーイズ

 ウディ・アレンの『カイロの紫のバラ』は、映画の中の登場人物が現実世界に現れて騒動を巻き起こすコメディだった。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は学園祭前日が延々繰り返される夢の物語だった。そして、本作はしんのすけたち、かすかべ防衛隊の面々が映画の中の世界に取り込まれてしまう。我々の観ている映画(『クレしん』)の中の映画の中へ、しんのすけたちは迷い込む。さらりと敷居の高いメタフィクションな展開をひょうひょうとやってみせるのが、本作『嵐を呼ぶ! 夕陽のカスカベボーイズ』なのだ。

 冒頭、鬼ごっこで鬼となったしんのすけはヤミ金融の取り立てになりきって、そのほか風間らもそれぞれの役柄を演じながら遊んでいた。小さな路地を抜けると、そこには寂れた映画館カスカベ座が。場内は無人なのだが、スクリーンには西部劇のワンシーンを思わせる荒涼とした大地が映し出されていた。トイレに行った間に風間たちを見失ったしんのすけは、彼らが自分を置いていったと思いつつ帰宅すると、風間たちがまだ家に帰っていないことを知る。しんのすけはひろしたちと一緒に、カスカベ座に向かうのだが、場内に足を踏み入れた途端、一家はスクリーンの世界に取り込まれていた。

 一家が入り込んだ映画は、西部劇。太陽は常に輝き、動かない。そこは映画の登場人物であるジャスティス知事が、春日部からやってきた人々を搾取するジャスティス・シティが舞台だ。しんのすけを助けたつばきの話や、映画オタクだったというマイクの話を総合すると、どうやらこの世界に長くいると過去の記憶を忘れていくらしい。

 強制労働を強いられるひろしたちに、外から来た者の分をわきまえろと、ジャスティスに鞭打ちされるみさえとしんのすけ。「映画は自由なのだ」と言うマイクの言葉とは裏腹に、前半は鬱屈とした暴力となんともいえない閉塞感が漂う。西部劇のシビアな側面をリアルに見せているので、前半の重い空気感に驚く向きも多いだろう。しかしそれは、クライマックスの解放感に大いに貢献している。

 クライマックス直前、この映画を終わらせることこそ、春日部に帰る手段であると判明することで、止まっていた太陽が動き出す。つばきの言葉で、封印の地へ機関車で向かうしんのすけたち。溜めに溜めた鬱屈を覆すように、しんのすけたちカスカベボーイズの力が、悪徳知事ジャスティス一味に向けて爆発する。暗澹たる前半があってこそ、クライマックスのアクションがより輝くのだ。

 なにかと自分を気遣ってくれる少女・つばきに、しんのすけは淡い恋心を抱き、共に春日部に帰るために奮闘する。そんなしんのすけを羨望のまなざしで見つめるつばき。機関車の行く手を阻むジャスティス一味。果たして封印の地に隠されたものとは?

 SF、ファンタジー、不条理、アクションとなんでも揃った劇場版『クレしん』流、メタフィクションな物語。その結末は、これまた切ないのである。

 ちなみに、マイク(モデルは水野晴郎)が招集する反ジャスティスのメンバーは、映画『荒野の七人』がモデル。クリス(ユル・ブリンナー)は小林修、ヴィン(スティーブ・マックィーン)は内海賢二、オライリー(チャールズ・ブロンソン)は大塚周夫が声優を担当するなど、『土曜映画劇場』に合わせたマニアックな配役。声は無いものの、チコ(アホルスト・ブッフホルツ)、ブリット(ジェームズ・コバーン【『土曜映画劇場』で声優を務めた小林清志はジャスティス役なので】)、ハリー(ブラッド・デクスター)、リー(ロバート・ヴォーン)と、7人全員登場しているのがうれしい。

 同時期に放送されたテレビシリーズの第497話「荒野のカスカベボーイズ」は、ジョン・ランディス監督の映画『サボテンブラザーズ』への愛に溢れているので、併せてどうぞ。この話の絵コンテ・演出は、次作より劇場版の監督を務めるムトウユージが担当している。

 ということで、次回からは『伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』に始まるムトウユージ編に突入する。
(文/加藤千高)

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