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“ラノベ嫌い”のためのライトノベル入門 第1回

25歳のダメ男が美少女と怠惰な日々を過ごす…俊英・森田季節が「完全に趣味で書いた小説」

2014.04.08

 地の文は、主人公である朱雀の一人称で構成されているのだが、こうした感情描写は“親近感”というより“自分の一番触れてほしくないところ”を、無理やり見せられているような痛さにあふれている。だが読み進めるうちに、その痛さが自虐的な愉しみへと変わっていくから不思議だ。このあたりの、もてあまされた自意識を笑いへと昇華させる技巧は『ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート』よりはるかに円熟みが増していて面白い。しかし森田季節は、朱雀と読者をそんなペシミスト気取りの精神的ぬるま湯に浸らせ続けてはくれない。

 袋小路に陥った現状を打破するため、朱雀は事務所の先輩で同じく影殺師の滝ヶ峰万里からの暗殺依頼を受ける。だが“人を殺す覚悟”ができていなかったゆえに暗殺に失敗し、唯一の拠りどころであった不戦無敵の矜持さえ失ってしまった朱雀は、異能力者であることを辞め、普通の人間として生きる決意を固める……。

 ここには異能力バトルものにあるべき、人類の危機や倒すべき強大な敵は存在しない。そんな世界で朱雀が戦っているのは、毎日の生活であり、不戦無敵というプライドを諦めきれない自分だ。その姿は“小説家になる”“アイドルになる”“サッカー選手になる”といった夢を追いかける少年の姿に似ている。

 いわゆる普通のライトノベルであれば、少年少女の努力は報われ、夢は叶うのだろう。彼らの心が折れない程度のトラブルや試練を、友情やちょっとした奇跡で乗り越えて。だが、本書の森田季節は、残酷な現実を突きつけて、最後の希望さえも奪ったうえで、朱雀をさらなるどん底へと叩き落す。そして異能力バトルものとして始まり、身につまされるダメ人間っぷりを笑う日常系コメディから犯罪小説へと展開してきた本作は予想外の、それでいて圧倒的なクライマックスを迎える。救いようのない状況にまで陥った朱雀が、最後に挑む戦いとは何なのか。ここから先は、ぜひとも実際に本書を読んで堪能していただきたい。

 また、この『不戦無敵の影殺師』に関してはむしろ、普段ライトノベルを読まない社会人に読んでほしいと思う。ライトノベルならではの突飛な設定とユーモアに満ちた表現、そして挫折や現実の世知辛さといった一般文芸にも通じるビターなテイストを兼ね備えた本作を読んで、ライトノベルが、どれだけの可能性を秘めたカテゴリーなのかを実感していただければ、紹介者としてこれほど嬉しいことはない。
(文/正倉Q太)

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