“Innocent Grey”杉菜水姫インタビュー前編

Innocent Greyが百合? 誰も死なないの? 新作『FLOWERS』について杉菜水姫に聞いてみた

 一般的に美少女ゲームエロゲーと聞いたらどんなものを想像するだろうか。かわいい女の子たちに振り回されるドタバタコメディの学園もの――などを思い浮かべるんじゃないだろうか。

 多くの美少女ゲームやエロゲー、王道と呼ばれるものについてはその想像で間違ってはいないだろう。いわゆる“萌え”というものをふんだんに盛り込んだコンテンツだ。2000年以降の多くの作品において、この“萌え”をどう活用し、描写していくかが重要視されてきた。これはゲームだけではなく、アニメやライトノベルなどオタク文化に関わるもの全てがそう言える。

 しかし、エロゲー界において、あえて「萌えは必要ない」と公言するブランドがある。Innocent Greyだ。

 Innocent Greyは昭和の初期を舞台にした猟奇的で耽美な世界観と完成度の高いシナリオ、精緻な美しいCGで目を覆いたくなるようなグロテスクな死体を描きあげる稀有なエロゲーブランドだ。2008年には代表作『殻ノ少女』で美少女ゲームアワード(現・萌えゲーアワード)のBGM部門、プロモーション部門で金賞を受賞するなど、傑作を生み出し続けている。昨年は『殻ノ少女』の続編『虚ノ少女』を発売し、話題となった。

 Innocent Greyはとにかくキャラを殺す。もちろん無下に殺すわけではなく物語の展開上で必要だから殺すのだが、お気に入りのあの娘が10分後には生首をチョン斬られて死んでいるなんてのは当たり前。この娘は死なないだろと思っていたキャラも殺す。それもこの上ない残酷さで。グロ系が苦手な人がプレイしたら、どれもが鬱ゲーになりかねない要素を兼ね備えているのだ。

 そんな中、Innocent Greyの新作『FLOWERS』は女の子同士の恋愛である百合というジャンル、しかも年齢制限のない全年齢版でリリースすると発表があった。全年齢版ということで、エロ要素はもちろんのこと、期待の(?)グロテスク要素もないという。これは一体どういうことなのか? Innocent Greyの代表で原画家をつとめるスギナミキ氏に話を聞いていた。

――最近になって『FLOWERS』のオープニングムービーが公開されました。相変わらず美しいムービーで、明るさやポップさ、柔らかさを感じさせ、これまでのInnocent Greyが展開してきた世界観とは異なりますね。今回なぜ百合をテーマにされたのですか?

スギナミキ(以下、スギ):実はそれほど大きな理由はないんです。前々から百合をテーマにした作品を作りたい、って話をしていましたから。単純にジャンルとしての百合が好きだったんです。Innocent Greyの処女作である『カルタグラ』から百合っぽい描写はそれとなく挿し込んでいたんですよ。

『FLOWERS』オープニングムービー

――百合で何か影響を受けた作品はあるんですか?

スギ:『マリア様がみてる』(編注:今野緒雪によるライトノベルを原作としたメディアミックス作品)ですね。それこそちょうど『カルタグラ』を制作中にこの作品を知って、はまってしまったんです。

――『マリア様がみてる』が『FLOWERS』に影響を与えている部分ってありますか?

スギ:たくさんあると思います。『FLOWERS』は確かに百合なんですが、ただ単に若い女の子たちが色めきあって恋愛関係になっていくという作風を目指していません。ここは今回18禁で出さなかった部分にもつながるのですが、恋愛は恋愛でも、肉体的なつながりではなく、もっと心のつながりを重視したプラトニックで静かな世界観を大切したかったんです。『マリア様がみてる』も明確な恋愛関係というものは打ち出していなくて、心のつながりを重要視した百合作品でした。そこを『FLOWERS』も目指したんです。

――制作にあたり、性格設定や展開などに関して女性から直の意見などを取り入れたりはしたのですか?

スギ:女性の意見というよりも、百合好きの方の嗜好や考え方は色々調べて取り入れました。ただ、百合の中にも色々と派閥みたいなものがあるので、それをどう取り入れていくかはけっこう悩んだかもしれません。

――発売前にこんなことを言うのもなんですが、エロゲーブランドが全年齢版のゲームをリリースして成功した例はそれほど多くないかと思います。この辺りの懸念はなかったのですか?

スギ:よく言われます(笑)結局、こればかりはやってみないことにはなんとも言えないですよね。周りにどうこう言われるより実感してみないことにはわからないので。特に悩んだのは価格ですね。『FLOWERS』の価格は4,800円で、業界的に見れば比較的低価格な作品です。これをフルプライス(編注:8,800円以上)にしなかったのはできるだけ多くの方に、特に未成年の方に手に取ってもらえるよう考えた結果なんです。また、多くの未成年の方にも積極的にアピールできるようアニメイトさんにも告知を出したりもしてはいますね。

―他のブランドなどで見られる手法ですが、後から18禁要素を追加させ、別バージョンを再発なんてことはしないのですか?

スギ:100%ありません。(即答)

――ロープライス作品になったことで、過去作品と比べてボリュームが抑えられたりはするんですか?

スギ:CGの枚数で言ったら、もちろんフルプライスの作品と比べたら少ないです。ですがその分シナリオのテキスト量は1MBくらいあります。これはだいたいミドルプライスと同じくらいでしょう。本作ではいつもどおり音楽面も充実させているので、価格以上に満足してもらえる容量だと思います。通常、ロープライス作品は制作費を抑えるために、あらゆる面でコストカットしていくのがセオリーだと思うのですが、『FLOWERS』においては敢えていつもと同じスタンスで制作しました。なので感覚的にはフルプライス作品を作っているいつもの労力と何も変わりませんでした(笑)

――音楽と言えば、エンディングテーマのボーカリストに、前作『虚ノ少女』に続いて鈴湯さんを起用されましたね。以前、たまたまインタビューに鈴湯さんに来てもらったことがあるんですが(参照記事)、『虚ノ少女』の挿入歌を担当したことが本格デビューだと聞いて驚きました。その当時、まだ無名だった鈴湯さんを起用した理由はなんですか?

スギ:鈴湯さんは虚ノ少女のヴォーカルオーディション企画に応募して頂き見事に合格された方です。正直、鈴湯さんよりも経験があって、上手い歌い手さんはたくさんいたんです。でも鈴湯さんにお願いしたのは、彼女のフレッシュさというか、将来性に惹かれたんです。

――では霜月はるかさんを起用し続ける理由は?

スギ:霜月さんの場合、Innocent Greyの曲を歌ってもらうと、歌声の中に狂気を感じさせてくれるんです。霜月さん以外にその狂気を感じさせてくれる歌い手に出会えていないからです。あとは何よりもカルタグラの頃からずっと霜月さんの歌声に魅了されてますからね。

――Innocent Greyの作品同士が同一世界でつながっていたりしますが、今回の『FLOWERS』もどこかで過去作品とつながりを持たせたりしているんですか?

スギ:それはありません。『FLOWERS』は比較的近年の日本のどこかを舞台にした完全に独立した物語です。作中にある映画の作品名が出てくるので、おおよそ舞台となっている年代は想像していただけると思います。もちろんつながりを持たせた方がいいという声もあったのですが、そうなると過去作品をプレイしたユーザーは楽しめますが、新規のユーザーは楽しめません。過去作品も買わなくちゃいけないのかってなると、未成年のユーザーは買えないですし、それに18禁の作品に出ているキャラが全年齢に出ることにも抵抗があります。なので『FLOWERS』は独立した物語となっています。

――『マリア様がみてる』では男性キャラが登場していますが、『FLOWERS』では一切出てこないんですよね?

スギ:はい。一切出てきません。百合ですので、男性キャラを作るくらいなら女性キャラを増やした方がいいと判断しました。

――『FLOWERS』には生首が斬り落とされるなどの死体描写はないとのことですが、ミステリィ要素はあるんですよね?

スギ:それはもちろんあります。全年齢や百合だからといって、ミステリィ部分は充実させています。人が死なないミステリィととらえてください。

――従来のファンからすると、全年齢版であったり残酷な描写がなかったりで、不満の声はなかったのですか?

スギ:今回ばかりはファンの皆さんの意見も賛否両論でした。これまでの人が死ぬミステリィとは異なりますし、アダルト要素がないわけですから、それは当然です。でもグロテスクな要素が苦手だったユーザーや、Innocent Greyの作品をプレイしてみたいけど、怖くてできなかったユーザーには喜ばれたりしました。「今回はお気に入りのキャラが殺されなくてすむから安心してプレイできそうだ」なんていう声もいただけました。

 ただ、誤解していただきたくないのは、人が死ななかろうが、アダルト要素がなかろうが、私たちの制作スタンスはいつもと全く変わっていないということです。全年齢とは言え、私たちは過去の作品通り決して大衆向けではなく、あくまで自分たちが作りたい作品を作っているつもりですから。もちろん皆さんに受けてもらえたらそれはそれで当然嬉しいのですが(笑)

――最初から全年齢版をリリースするからにはPS3や4などのコンシューマー機への移植も狙っていたりします? また過去の作品などもいつか移植したいと思いますか?

スギ:『FLOWERS』に関して言えば、コンシューマー作品を作るメーカーから声がかかれば考えますが、現時点では難しいんじゃないでしょうか。Innocent Greyの過去作品では『カルタグラ』が移植されていますが、あの頃はまだゲーム業界が全体的に不況だったわけでもありませんし、いまは状況が異なります。

 そもそもInnocent Greyの作品は、移植するのが難しいんです。アダルトシーンをカットすればいい、という話だけで終わらず、猟奇的な描写も規制の関係上、直さないといけなくなります。でも死体まで直してマイルドにしたら、Innocent Greyの本当の良さがユーザーに伝わるかどうか…。Innocent Greyの作品は18禁の中でもさらにギリギリのラインを狙って制作されています。アダルトシーンに加え、猟奇シーンもあるわけですから、どうしても18禁以外では無理が出てしまうんです。

――規制が厳しいのに猟奇的な世界や、美少女ゲームでは一般的ではないミステリィを描こうとし続けるのはどうしてですか?

スギ:やっぱり好きなんです。子供の頃から横溝正史なんかのミステリィを読みふけっていて、戦後の日本の世界観に惹かれていましたらから、自分が描く世界も猟奇的であったり退廃的なものになってしまいます。それに、他に私たちのようなジャンルを扱うブランドがないじゃないですか。ということは私たちが制作をやめたら美少女ゲーム業界からミステリィの根が絶えるということになります。そうならないためにも作り続けています。
(構成/Leoneko)

後編『Innocent Greyの尖ったブランドコンセプトについて杉菜水姫に聞いてみた――「萌えは不要」「絶対に死体にモザイクはかけない」』に続く

次回はInnocent Greyというブランドについてと美少女ゲーム業界について中心に語ってもらいます!

FLOWERS 初回限定版

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全年齢版だけど…なんかドキドキする…

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