――今から30年前、そう僕らが子どもだったあの頃に読みふけったマンガたちを、みなさんは覚えていますか? ここでは、電子書籍で蘇るあの名作を、振り返っていきましょう!
『TO-Y』(小学館)が始まったのは1985年。上條淳士の初期の作品である。
30年近く前の作品なのに、その技術力は今見ても突出している。無駄がなく、精緻であり、かつ大胆な線は、真似しようと思ってもできるもんじゃない。絵描きのはしくれとしては、ページをめくるたびに、ため息が出るばかりである。
また、マンガとしては、吹き出しや擬音がないまま進められるライブシーンなど、新しい手法を生み出した。
時代を塗り替えたマンガであり、影響を受けた作品は枚挙にいとまがない。音楽を取り扱ったマンガがそれまでになかったわけではないが、『TO-Y』以前と、『TO-Y』以後では、明確に変わると思っている。
1985年……ということは、僕は13歳だった。主人公の藤井冬威(トーイ)は、スタート時、高校1年生の設定だったから15〜16歳。年齢的には、少し年上のお兄さんくらいだけど、その存在はSFマンガに出てくるキャラクターよりも遠くに感じた。
トーイは天性の音楽の才能と素晴らしい容姿を持っていて、パンクバンド・GASPのボーカルをつとめていた。マイナーではあるものの、高い人気をほこっている。その後、ひょんなことから、芸能界デビューをするが、その優れた才能からすぐに話題になり、日本全国の注目の的になる。
一方私生活では、超人気のアイドル、森が丘園子(小石川日出郎)と同棲をしている。2人が住んでいるのは、「30年前にすでにこんな物件あったの?」と思うような、おしゃれマンションである。また、追っかけの破天荒な女の子、山田二矢(ニヤ)とも、なんだかいい感じである。
トーイが芸能界では本当にやりたい音楽ができないことに悩み苦しんでいたころ、僕はひとり、インキンタムシに悩んでいた。
クラスのオリエンテーションでアスレチックに行ったのだけど、運動神経の低い僕は水の中に落ちてしまった。ぐしょぐしょで笑い者になって、家に帰ってきたら、股ぐらが痒くなっていたのである。タムシは「田虫」と書くわけで、泥に入ると感染するらしい。毎日痒み地獄である。
……同じ人類とは思えないほど、かけ離れた悩みである。当時の僕が、トーイは、SF映画のキャラクターよりもかけ離れている……と感じてもしかたあるまい。
音楽の天才で、容姿端麗で、ケンカも強くて、女の子にもモテて……ってどんだけだよ!! って思ったけれど、でも不思議なことに読んでいても、
「ちっ、こいつムカつく!!」
とは思わなかった。
なんで思わなかったのだろうと今考えてみると、それはトーイがイイ奴だからである。トーイだけではなく、トーイの周りの人間も基本的にイイ奴が多い。
これは上條淳士マンガの特徴なのだけど、本気で根性が腐った人間や、ど悪党は出てこない。どんな酷い設定のキャラが出てきても、どこか友達になれそうな、イイ奴なのだ。
例えば、自分を本気で殺そうとした人間(カイエ)をトーイはなんとなく許してしまうし、カイエもその後も特に悪びれず登場する。なんとなく許して、なんとなく友達になっている。とてもゆるい。
そのゆるさが、とても気持ち良いのだ。
美男美女が出てくるマンガを読んでいると、
(このマンガの中には俺の居場所ないな〜)
と思ってしまう卑屈な人(僕みたいな人)が読んでも、『TO-Y』は楽しく読めると思う。
もしトーイが生きていたら、40代半ばくらいか。ミュージシャンとしてはまだまだ現役だろう。トーイは今、どこの空の下で歌っているのだろうか? そして、今は何に悩んでいるのだろうか?
ちなみに僕は、30年経ってもあいかわらずインキンタムシに悩んでいるのであった。薬塗るの忘れてると再発するんですわ。
●村田らむ(むらた・らむ)
1972年、愛知県生まれ。ルポライター、イラストレーター。ホームレス、新興宗教、犯罪などをテーマに、潜入取材や体験取材によるルポルタージュを数多く発表する。近著に、『裏仕事師 儲けのからくり』(12年、三才ブックス)『ホームレス大博覧会』(13年、鹿砦社)など。現在は、太田出版のWEB連載サイト「ぽこぽこ」にて、マンガ家の北上諭志と共に『デビルズ・ダンディ・ドッグス』を連載中。
●公式ブログ<http://ameblo.jp/rumrumrumrum/>
●『デビルズ・ダンディ・ドッグス』連載ページ<http://www.poco2.jp/comic/dddogs/>
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