マンガライター・小林聖が行く! ウェブ×マンガの現場 第1回

『ワンパンマン』大ヒットの舞台裏 「となりのヤングジャンプ」を直撃【前編】

2013.10.22

――出版社が運営するウェブ媒体、kindleをはじめとした電子書籍店舗に、スマホ用アプリ……。インターネットの普及とともに、マンガのありよう、マンガをめぐる環境も変わってきている。紙で培われたマンガ文化が、ウェブと出会うことでどう変わっていくのか? マンガライターの小林聖が、ウェブマンガの現場にいる人々にインタビューを行いながら、ウェブとマンガの未来を探っていく。

【第1回】「となりのヤングジャンプ」(集英社)

「となりのヤングジャンプ」公式HPより。

 第1回となる今回は、集英社で「となりのヤングジャンプ」を担当する、週刊「ヤングジャンプ」編集部の大熊八甲さんを直撃。2012年6月にオープンした同サイトを牽引するは、いまやネット界イチの売れっ子となったONEの原作を、『アイシールド21』(「週刊少年ジャンプ」にて連載終了済み)の作画で知られる村田雄介が描いた『ワンパンマン』だ。2012年12月に刊行スタートした単行本は、現在4巻まで出版され、累計160万部を突破している。

 2012年は出版社によるウェブマンガ媒体のオープンラッシュだった。そのなかでもあっという間に頭ひとつ抜けた「となりのヤングジャンプ」は、どのように生まれ、どんなふうに進められているのだろうか?

■SEO対策なしでも250万アクセス

――オープンから1年ちょっと経ちましたが、今サイトのページビュー(PV)はどれくらいあるんですか?

大熊八甲(以下、大熊) マンガのサイトの場合、作品のページ数でPVが大きく変わってくるので、うちの数字がすごいのかすごくないのか、判断できない部分があるんですよね。ユニークユーザー(UU)やアクセス数の方が目安になるかなと思っているんですが……。

――ああ、そうか! ページの多い作品はPVが上がっちゃうわけですね。

大熊 そうなんです。UUでいうと、正確な数字は出ていないのですが、おおざっぱに80万ユーザーくらいですかね。トップページへの月間アクセス数が250万アクセスくらい。

――250万アクセス……! 仮にPVにしたらもっと跳ねますよね。

大熊 どんどん増えています。やっぱり『ワンパンマン』をはじめとしたコミックスが売れたのが大きいですね。単行本が出てからアクセス数は2倍くらいになりました。

――数字自体すごいんですが、衝撃だったのが、取材前にサイトを改めて見てみたら、SEO対策【編注:検索エンジンでページを上位に表示させるための施策】が全然なっていないんですよね、「となりのヤングジャンプ」は。「無料」とか「マンガ」とか、検索用のメタキーワードすら入っていないじゃないですか。

大熊 それは……なるほど!! ゆゆしき事態ですね!!…(笑)。 課題にします!!

――やっぱりその辺についてはあまり考えていなかったんですね(笑)。今、出版社のマンガサイトはたくさんありますが、「無料 マンガ」とかで検索しても出版社のサイトは全然上位に来ないんです。

大熊 そのあたりが僕らのダメなところで……。日々、勉強ですね。

――いや、逆にすごいと思います。SEO対策なしで250万アクセスっていうのは、ウェブの常識から考えると凄まじい。

■合言葉は「『ガンガンONLINE』を目指せ!」

週刊「ヤングジャンプ」編集部の大熊八甲さん。

――そもそもどういう経緯でこのサイトを立ち上げたんですか?

大熊 最初は2011年の夏くらいですかね。当時の「ヤングジャンプ」編集長に「500円で読めるワンコインコミックみたいなことをやりたい」と言われたんです。それを、若手の僕にぶん投げられたわけです。よく思いつきを言われるだけのこともあるので、そのときはいつものように「2~3日たてば熱が冷めるかな」と思ったんですが、これが本気だったようで(笑)。

――最初は有料モデルを考えていたんですね。

大熊 やるからには稼ごうという気持ちも当然あったので。ただ、もうひとつには経験値の蓄積という狙いもありました。集英社でも過去にウェブ媒体でマンガを掲載する試みはあったんですが、ノウハウはほとんどなかったんです。今後ウェブをやったことがないとなると、編集部として大きく出遅れるという意識が、当時の編集長と話していてもありました。そういう意味で若手の僕が指名されたという部分もあったんでしょう。

――なるほど。そこから本格的に動き始めたわけですね。

大熊 そうですね。その頃、『男子高校生の日常』がアニメ化されたり、(ウェブマンガ媒体では)「ガンガンONLINE」(共にスクウェア・エニックス)さんが一番成功していたんですね。だから、僕らも最初は「『ガンガンONLINE』に追いつけ追い越せ!」って感じだったんです。

――「ガンガンONLINE」は出版社による無料マンガ媒体としてはもはや老舗ですよね。08年にオープンと、一足早くスタートしてモデルを作った。

大熊 すごいですよね。だから、ある意味(「ガンガンONLINE」という)目標とするサイトがあったので、(うちも)無料で掲載して単行本でペイするというモデルになっていったんです。けど、コンセプトの部分は少し違う。言い方が適切かわかりませんが、「プロフェッショナルというよりもアマチュアリズム」というか……。

――アマチュアリズムというのは?

大熊 「ガンガンONLINE」さんはすごいんですが、基本的な考え方が紙の雑誌と同じだと思うんですね。雑誌に載っている作品がウェブに載っているという感じですよね。僕らはもう少しアマチュア的というか、作者寄りにしたいと思ったんですね。

――“作家さん寄り”という話が出ましたが、それはどういう……?

大熊 編集とか雑誌とか会社のコンセプトよりも、もう少し作者のコンセプトに合わせる形で、作家さんに自由度を預けようと。コンセプトもそうだし、ページの縛りもウェブは紙ほど厳しくないですから。紙の雑誌よりも自由に描いてもらえる媒体にすることで、作家さんにとっても魅力が出るはずだという考えがありました。

 例えば『ワンパンマン』のように一気に60ページ分更新できるマンガもあるように、ページ数に制限はありません。

――そうか! ページの縛りがないから、描こうと思えばいくらでも描けてしまうんですね! 物理的な制限がある紙の雑誌と違って。

大熊 雑誌の形では出せないんです。創作意欲に比例するので。嬉しいんですが、前例がないので最初は困ったりもしました(笑)。

――それ、単行本にするとき、どうしてるんですか? (紙の単行本は、印刷の仕組み上16ページの倍数でページ構成をするのが基本なので)辻褄が合わなくなるんじゃないですか?

大熊 なので、台割(単行本のページ構成、設計書)を再度切って、内容を再構成しています。『ワンパンマン』などがそうですが、ウェブならではの表現でページが多くなっている部分があったりするんですが、紙にするときはいくつかの見開きでおさまったりする。実際に見比べていただければわかりますが、(単行本に落としこむ時は)そうやって再構成しています。

――今、ウェブならではの表現という話が出ましたが、そのへんはやはり意識しているんですか?

大熊 ウェブでやるなら、ウェブならではのものをやらなきゃ意味がないと思っていて、それは「となりのヤングジャンプ」のコンセプトのひとつです。さっきの話ですが、「ガンガンONLINE」は“紙の延長”、「裏サンデー」は“ウェブ上の才能を集めてきた”というサイトだと思いますが、僕らは“ウェブでの見せ方”を大事にしています。『ワンパンマン』ならクリックアニメを入れていたり、ほったゆみ先生の『はじマン』なら読者投稿という形、『奥さまGutenTag!』ならドイツ人作家さんとのつながりとか、そういう部分ですね。
(構成/小林 聖)

【後編へ続く】

■「となりのヤングジャンプ」
集英社の「ヤングジャンプ」編集部が運営するウェブマンガサイト。『ワンパンマン』(原作:ONE/作画:村田雄介)を筆頭に、『ヒカルの碁』の原作で知られるほったゆみ氏の『はじマン』や『f人魚』(作者:G3井田)、『奥さまGutenTag!』(作者:カロリン・エックハルト)といった個性豊かな作品が連載中。
http://tonarinoyj.jp/

■小林 聖
フリーライター。マンガ専門サイトnelja編集長。年間のマンガ購入量はだいたい1000冊ほど。専門はラブコメ・恋愛マンガ全般。ツイッターアカウントは@frog88。

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