【ハピズムより】

『ふしぎ遊戯』は厳しい現実と戦う比喩だった?渡瀬悠宇が語る【前編】

2013.05.21

 真っ白な紙の上に新たな世界を創造していくマンガ家たち……そんな彼らに、作品づくりを通して体験したスピリチュアルな世界や、作品に込められた思いについて話を聞く不定期インタビュー連載がスタート! 記念すべき第1回は、『ふしぎ遊戯』などで知られる渡瀬悠宇先生にお話をうかがった。初めて明かしてくれた自身の信仰と作品の関係、そして、そこに込められた子どもたちへの強いメッセージとは……?

『ふしぎ遊戯 玄武開伝』(小学館)より/(c)渡瀬悠宇/小学館

――早速ですが、まずは渡瀬先生のルーツについて教えてください。先生がマンガを書き始めたのは、何歳くらいの頃ですか?

渡瀬悠宇(以下、渡瀬) 絵を描き始めたという意味では、2歳くらいですかね。母によると、その頃から絵に対する執着がものすごい子だったみたいです。それからコマを割った“マンガ”を描き始めたのが5歳くらい。それからずーっと描き続けて、小学校5~6年生になるくらいの頃には、勝手に連載を始めていました(笑)。

――5歳でコマ割りまでですか! すごい子どもですね! そんな先生が本格的にマンガ家を志したのは、いつ頃なんでしょうですか?

渡瀬 初めて出版社に投稿したのは、17歳の時です。32ページの作品だったんですけど、当時、マンガ雑誌はあまり読んでいなかったので、「どこに投稿しようかな?」と考えていろいろ調べたんです。それで、私はどちらかというと少年マンガが好きだったんですが、調べてみたら少年誌の投稿作品の規定ページ数って16ページだったんですよ。「もう描いちゃったし、どうしようかな?」と思っていた時に、本屋でたまたま手に取った「少女コミック」(小学館)が32ページで受け付けてくれたので、送ってみたっていう……。そしたらいきなりAクラス賞と編集長期待賞をもらった上に、担当編集者までつけていただいた。あまりのスピードに「えらいこっちゃー!」ってなりましたね。

――そして、古代中国をベースとして独特の世界観を描いた初めての連載『ふしぎ遊戯』【1】がいきなり大ヒットしました。古代中国をベースにした独特の世界観が特徴です。『ふしぎ遊戯』シリーズにしろ、現在連載中の『アラタカンガタリ ~革神語~』【2】(以下『アラタ』)にしろ、先生のマンガには空想の世界のお話が多いように感じます。その発想はどこから来るんですか?

渡瀬 私、子どもの頃から「ムー」(学研パブリッシング)的なもの【註1】が好きだったんです。「ピラミッドパワー!」って言いながら頭に三角形のものを被ったりとかしてて(笑)。かといって、年をとるにつれ“ネタ”として楽しむようになってしまったので、今はスピリチュアルなものが好きというわけでもないんですよね。もちろん、その辺がベースにはあるんですが、私がファンタジーを描くのは、厳しい現実と戦う比喩なんです。例えば、世界三大ファンタジーである『ゲド戦記』『ナルニア国物語』『指輪物語』は、当時の世相や人間の業をファンタジーで表現していますよね。『ふしぎ遊戯』だと、それが受験戦争の問題になる。まず、主人公の美朱が異世界に行って友達と争うことになり、戦って現実に戻ってこれたことで、受験に勝つための成長をした、という話。ファンタジーの世界で成長して、現実と向き合えるようになる物語になっているんです。今だから言えますが、現実に戻ってくるんだからファンタジー側の人間の鬼宿(たまほめ・『ふしぎ遊戯』のヒーロー)とは、当然、別れるものだと思って描いていました(笑)。

――小学館漫画賞を受賞された『妖しのセレス』【3】も、主人公の妊娠という現実的な展開がありましたね。当時は表面的な性表現ばかりで、妊娠にまで踏み込んで描くマンガはほとんどありませんでした。

渡瀬 少女マンガの性の表現に対しては、ずっと「これでいいのか?」という思いがありました。私もサービス的にHなシーンを描くことはあるんですが、当時のマンガ作品は、性表現が快楽のほうにばかりいっているという危惧があった。だからこそ、そのテーマに真っ向から取り組んだのが『妖しのセレス』だったんです。性表現を突き詰めていけば、当然妊娠に行き着きますよね。大事なのは快楽ではなく、愛情なんです。愛情があふれた上での行為によって子どもができて、子々孫々現代まで人類がずっと続いてきた。『妖しのセレス』の物語全体が、そういうメッセージになっているんです。

■小学生時代の壮絶なイジメ体験が生んだ『アラタカンガタリ』

――今連載中の『アラタ』も壮大なストーリーですが、この物語にもなにかメッセージが込められているんですか?

渡瀬 まだ物語は続くので、全部をお話しすることはできないんですが……私はこの作品で、“人間”というものを描きたいと思っていました。この作品は主人公の革(あらた)がいじめられて人間不信になり、そんな時に異世界に入り込んで成長していく物語。その成長の中で「ひとり一人の人間が変わることによって、世界が変わるんだ」ってことを、少年誌の読者層にも伝わるように描きたいと思っています。ひとり一人の人間の変化が、相乗効果によって社会全体、世界全体に伝わる。つまり、人間がいかに偉大かということがテーマになっていますね。

――お話を聞いていると、作品を描くにあたって、先生が信仰されている創価学会で学んだものの影響が大きいようにも感じます。

渡瀬 そうですね。私自身が信仰によって成長して、自分が変わることで周りが変わったっていう経験をしたことが大きいです。実は、革が机に糊を付けられた話や、足を蹴られた話は、私の小学生時代の実体験なんです。中学では暗くて人間不信(笑)。過去をふっきるために、遠い高校に進学したのにまた人間関係の問題……正直、思い悩んで小学生の時に自殺未遂をしたこともありました。それで、その当時はまだ、宗教なんてウサン臭いと思っていたんですけど、ある日、祖母のやっていた勤行(本尊に向かってお経を唱えること)を試しにやってみたんです。そしたらふつふつと生きる力がわいてきた上、いじめのリーダーだった子が、急に「もういじめないから」と言ってきた。不思議に思って、初めてちゃんと仏法の本【註2】を読んでみたんですよ。そうしたら創価学会は、私がイメージしていた他力本願的な、神様にすがる宗教ではなかった。自分が持っている“業”があって、それはどこに逃げても変わらない。それを「自分で変えていく力を身につける教え」を具体的に実践しているのが創価学会だ、ということを知ったんです。祈るということは決して特別なことじゃない。古代から、人は自然に祈りを捧げてきたから宗教ができた。祈るということは集中すること、そして生命力を高めることなんです。実を言うと『ふしぎ遊戯』も、祈っている時に「これだ!」って浮かんできたアイデアだったんです。祈るということは、とても理にかなっているんですね。

――日本では、信仰について書いたり話したりすることは、あまりないですよね。先生が単行本の欄外コラムなどで、創価学会の池田大作名誉会長について書かれている【註3】のを拝見して、珍しいなと感じました。

渡瀬 それは日本の社会の問題ですね。キリスト教などの場合はみんな普通に受け入れるのに、学会の場合は迫害がすごいですから(笑)。インターネットでも悪口ばかり書かれますが、この信仰自体は変なことはまったくないんですよ。いろんな分野の方がいらっしゃるので、交流でかなり視野が広まりました。ただ、作品で信仰そのものを伝えようとは思っていません。でも私が学んできたこと、体験してきたこと、乗り越えてきたことを伝えたいっていう気持ちは、強くあるんです。
(構成/大熊 信)

■渡瀬悠宇(わたせ・ゆう)
大阪府生まれ。1989年『パジャマでおじゃま』でデビュー。92年連載開始の大ヒット作『ふしぎ遊戯』はアニメ化、小説化、ゲーム化された。現在は『アラタカンガタリ ~革神語~』(「週刊少年サンデー」)、『ふしぎ遊戯 玄武開伝』(「月刊flowers増刊凛花」)が連載中。

■註
【註1】「ムー」的なもの
ムーは1979年に創刊されたオカルト雑誌。UFOや異星人、超能力、UMA、怪奇現象、超古代文明やオーパーツ、超科学、宗教、陰謀論などを扱っている。

【註2】仏法の本
仏法とは日蓮の教えを指す。創価学会は書籍の出版点数が多いことで知られているが、渡瀬先生は『ふしぎ遊戯』の欄外コラムで『仏教哲学大辞典』(創価学会)を参考にしたと書いている。

【註3】単行本の欄外コラムなどで、創価学会の池田大作名誉会長について書かれている
『妖しのセレス』最終巻の欄外コラムでは「大尊敬してます池田先生にこの本を捧げますっ」とコメントしている。

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