【劇場アニメレビュー】アニメファン以外にも絶対見てもらいたい!『風立ちぬ』『火垂るの墓』を凌駕する説得力『この世界の片隅に』

1611_sekai04.jpg(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 2016年下半期、一体何があったのか? と驚かされるほどに、現在、国産アニメーション映画の快作が毎月のように公開され続けている。7月は『ONE PIECE FILM GOLD』、 8月『君の名は。』『鷹の爪8~吉田くんのX(バッテン)ファイル~』、9月『聲の形』、10月『GANTZ:O』……。

 そして11月12日から公開される片渕須直監督の『この世界の片隅に』は、今年大豊作の国産アニメ映画のトリを務めるかのごとき傑作なのであった(実際はまだ2カ月あるのだが……。12月23日公開の『ポッピンQ』の出来やいかに?)。

 こと完成度においては今年のベスト1、邦洋の実写映画群と並べても、これを1位に挙げる人が多数いても全然おかしくないほどのハイ・クオリティを湛える作品なのだ。

 その大筋は、こうの史代のマンガ(双葉社)を原作に、昭和19年2月に広島から呉にお嫁入りしたヒロインのすずの日常を丹念に綴っていくものだが、この“丹念”ぶりがそんじょそこらの映画とは比較にならないほど緻密の極みで、思えば片渕監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』(09年)でも、舞台となる昭和30年の山口県周防市とその千年前の状況を綿密にリサーチしたうえでの諸所の描写に圧倒されたものだが、今回はその数倍もの史料の山を読み解き、同時に幾度も広島や呉に足を運んでは当時の地理なども踏まえた上で、戦前戦中戦後の日本人の生活を見事に再現している。

 そして、ここからが片渕監督のすごいところでもあるのだが、そういったリサーチによる諸所の再現にまったく「一生懸命調べました!」とでもいった作家の自画自賛的な鬱陶しい陶酔感が微塵もないことで、こうの史代が構築したほんわかしたキャラクターなども功を奏し、実にファンタジックで風通しの良い、およそ実写では表現不可能な独特の世界観が確立されている。

 アニメーションには実写のように、何かの偶然で撮れた画の奇跡というものがありえない分、綿密に調べて調べて画を構築していくことで、よりファンタジックな情緒が醸し出されていくものだと思う。特に今から70年以上前の戦時下の日本は、すでに多くの日本人にとって想像のつかない世界となって久しいものがあり、そこに日常のリアリズムを持たせながら庶民の生活をごく自然に描出していくためには、やはり調べるしかないわけだが、片渕監督の場合、調べるというよりも、まさに“この世界の片隅に”に生きていた人々の日常を知りたいという、その一念が映画そのものを大きく牽引していったに相違ない。

 戦時下の女性は実際いつごろからモンペをはくようになったのか? 空襲で窓ガラスが割れたとき周囲に散らばらないようにと、米の字形に紙を貼るという習慣は本当にあったのか? 広島に落とされた原爆のキノコ雲は方からどのような形で見られていたのか? などなど、戦時下を描く際にアニメでも実写でも記号化されがちなこれらの要素の真実を描出することで、その世界の中で生きる人々の息吹がより自然なものとなっていく。

 またこういった諸描写によって、とかく暗黒の時代と揶揄されがちな日本の戦時下にも、実は青空が広がり、その下には人々の明るい日常はあったことがつぶさに理解できる。

 ヒロインすずは、ちょっと猫背で、すぐに首を傾け、そしていつも笑顔が愛らしい女性であり、その周囲の人々もキャラクターによって感情の起伏の大小などこそあれ、基本的にはみな優しい人々ばかりだ。日々の営みそのものにしても、むしろ今より人と人のつながりが良くも悪くも濃密であったことは紛れもない事実だが、本作の諸描写はどこかしら見る者を懐かしくも優しい気持ちにさせてくれる。

 すずの声を務めるのんが素晴らしい。それはプロ声優のテクニック的な巧さとしてではなく、すずというキャラクターを彼女自身が真摯に演じ、同化しきっているところから醸し出される共感と感動であり、何の違和感もなくいわば彼女の顔がすずの顔とだぶっていくこと。また、彼女以外の助演声優陣それぞれの好演も讃えておくべきだろう(個人的には義姉役の尾身美詞や妹役の潘めぐみに惹かれるものがあった)。

 ところで、舞台となる呉は日本海軍の軍港のある町であり、つまり本作の時代背景には日常と軍国主義が同居しているわけだが、本作は戦艦大和をはじめとする軍事メカを日々見守る当時の人々の憧憬の想いを隠すことはなく、またそれは見る者に一層ノスタルジックな情緒をもたらす。

 一方で航空研究家としての顔を持ち、『ACE COMBAT 04 shattered skies』(01年)などのゲーム制作にも携わり、バイオレンス・アニメの傑作『BLACK LAGOON』シリーズ(06年~)も手掛けた片渕監督ならでの軍事メカに対する愛着と冷徹な目線は、やがて始まる悪夢としか言いようのない空襲シーンで本領発揮されていく。これは実写だと今はCGでなければ再現不可能だろうが、アニメーションの場合、キャラもメカも地獄図絵もひとつの世界観の中に違和感なく収めることができる利点がある。

この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集

この世界の片隅に 劇場アニメ絵コンテ集

たくさんの人に見て欲しい。そう思える一作です

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